投稿

セラピストへの愛憎|本物であろうとするなら避けられない|セラピーの現場から(539)

 

私たちは、意識はしないものの、セラピストから愛情がもらえるので、そのために、セラピーを受け続けることがあります。はじめから、それを目的に、セラピーを受けようと思うこともあるかもしれません。親から十分な愛情が貰えなかった立場としては無理もなく当然と言えるかもしれません。残念なことに、そもそもセラピストから愛情がもらえなければセラピーなど受けなかっただろうということもあります。そうであれば、セラピーを受け始めるきっかけになったという効果も確かにあったと言えます。しかし、いつかは自立をしなければなりません。自立のないセラピーなど、そもそも意味がありません。自立には苦痛が伴います。もはや表面的な「愛情」がもらえるか、もらえないかのことではなくなります。転移(セラピストへの愛着や憎悪)も逆転移(セラピストからの愛着や憎悪)も起きます。心を分かってもらえる(愛情が貰える)のでセラピストへ気持ちを寄せ、でも最後のところは自立するよう突き放され愛情が貰えないので敵意を燃やし、これに対しセラピストもついつい本音で対応せざるを得ず、自分自身の内で起きる愛憎を感じます。セラピーが本物であるためには必要不可欠なことのようです。これを避けずに通り対峙(たいじ)することが必要となります。これは、本当の気持ちを避けないで話し合おうとする、健康な親子の関係に似ています。

お試しの「無料60分心理カウンセリング」もあります

ホームページの記事もどうぞ⇒実績紹介>ベビーブレス体験集(本の内容)

つい人に慰めを求めそしてつい恨む|セラピーの現場から(524)

 

どうしても辛く苦しいときがあります。苦しさに追いつめられて、私たちは、その苦しさから逃れる助けとして、人に頼ることがあります。まるで、昔失った親を求めるように。しかし、そのことも、あまり長く続くと、本当の気づきや癒しから遠ざかることが多いようです。人からもらえる愛情が目的になってしまいます。一時的な慰めを追い求めるだけになってしまいます。慰めが一時的だと気づくと、今度はひるがえって、その人を怨み攻撃するようにもなります。本当に自分のことを観なければ、本当の癒しにはなりません。経験の事実としてそのようなのです。人に頼っているとご自身で思う人は、頼ることに飽きたら、その苦しみの奥に隠れている本当の問題を観ることをお勧めしたいと思います。ほんとうに納得するために。本当に始めるために。

*******************

引きこもりからの自立等いろいろな心理的悩み相談や心理カウンセリングのお試し無料あります。さらにベビーブレス(アコールで開発した独自のブレス,ブリージング)ができるようになれば精神分析の組合せで大きな効果があります。東京府中

120 愛情か自立かーセラピストからの「愛情」を目的とし自立できない

IMG_1205

愛情か自立か
意識はしないものの、セラピストから愛情がもらえるので、そのために、セラピーを受け続けることがある。はじめから、愛情がもらえるので、それを目的に、セラピーを受けようと思った。残念なことに、そもそも愛情がもらえなければセラピーなど受けなかったであろう。そのための微かな効果も確かにあった。

しかし、いつかは自立しなければならない。自立のないセラピーなど、そもそも意味がない。自立には苦痛が伴う。もはや「愛情」がもらえなくなる。転移(セラピストへの愛着や憎悪)も逆転移(セラピストからの愛着や憎悪)も起きる。セラピーが本物であるためには必要不可欠なこと。これを避けずに、客観視して、通過することは健康な親子の関係に似ている。客観視して自立し、おそまつな「愛情」は不要になる。

お試しの「無料60分心理カウンセリング」もあります

ホームページの記事もどうぞ⇒実績紹介>ベビーブレス体験集(本の内容)