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本気の恨みが出て愛おしさ|セラピーの現場から(667)

子どもさんへの虐待が止まらないとしてセッションをはじめた女性:
怒り恨みを長い間やってきた。恨みはどもさんや社会に対するものから、やがて、母親へ移って行った。セッションで恨みを扱うことで、日常のいろいろな不具合が徐々に回復してきた。回復するにつれ、今一つ物足りない感じがしていた。そして気が付いた。それは本気。本気が足りないことがわかってきた。今回のセッションを本気でやった。恨みの母親を殺し、恨みの自分も殺せた。そうしたら、その後、愛おしさや寂しさが現れた。足りないものはこれだった。
<W>
この方のケースでは、セッションが進むにつれて、他のケースでも現れる流れが出ています。怒り(恨み)が向く対象が子どもさんや社会から母親へと移っていくこと。更に進むと、セッションを今一つ本気でできなかったのが、本気でやれるようになっていくこと。
<H>
そうですね。怖いですからね。手前で踏みとどまる。それが抵抗ですね。怒りが母親から来ていることは理屈ではボンヤリわかっていても、実際の感情が母親へ向くには勇気がいります。怖いし、痛い。無意識に、母親とはいい関係を残していたい。自分の命がかかっているのですから。
<W>
自分の無意識の心の中の子どもとしての命ですね。母親なしでは生きていけないほどの小さな子ども。その無力な子どもは心の中に居続けたので、母親を攻撃する代わりに子どもさんや社会を攻撃していたとも言えるということですね。
抵抗と見るのであれば、本気でやらないことも抵抗と見えます。本気でやったら、本当に母親を失ってしまう。どんなにひどい母親でも、小さなこともにとっては、この上もなく大事な人なので。
<H>
でも、本当のところまでいって初めて、愛おしさや寂しさが現れる。それが足りないものだったのですね。
<W>
そうですね。
それまで感じられなかった愛おしさや寂しさが感じられるというのは、自分を取り戻しているということ。
<H>
足りないものをどこかで知っていた。
<W>
自分を取り戻すことが、足りる、ということだったのですね。小さな子どもの本当の親離れと言っていいでしょうか。
<H>
足りないものを知っていた、取り戻したいものを知っていた、というのはいいですね。人間というのはいいです。
<W>
母殺しに続いて、自分殺しが出るというのも、流れですね。
<H>
チラッとですが死(死の本能)を満足できたので、より深い満足があったのだと思います。
<W>
そこのところは、どこかで詳しくやりたいです。

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怒り狂っているお母さんの顔の記憶が欠けている|セラピーの現場から(658)

○どうも自分はお母さんから虐待されて育ったようだ。そして自分のこども達を同じように虐待してきた。そう考えると納得できる。自分が虐待された時の怒り恨みを溜め込んでいるはずだ。その溜め込んだものを、本当に出したいが、本気が足りないことがわかってきた。今回、本気でやったら、恨みの母親を殺し、恨みの自分も殺せた。その後、愛おしさ寂しさが現れた。
○事前に、怒り恨みを本気で出すために、自分を虐待し怒り狂っているお母さんの顔を絵に描いて見ようと思った。が、どうしても描けない。記憶が欠けている。そこでこども達を虐待しているときの自分の顔を、こども達に頼んで描いてもらった。見事に描いてくれた。怒り狂っている顔だ。こども達は具体的に描けるのが良いなと思う。私よりは自由だ。
○この自分の顔の絵を、お母さんの顔としてセッションをした。この絵とか思い浮かべてて(イメージの母親を)殺すことができた。死んだ感じがあったので、(母親を)可哀想だなと思って泣けた。
寂しい、一人だな。お腹の中でもさみしいな、全てに寂しい。寂しさに対して恨みがあって、恐怖もあって、母への恨みというより、自分の寂しさからくる恨み。恨みの自分を殺したくなる。
恨みを、動けなくなるくらい枯れるまで、やってやろうと思った。恨みの自分を(イメージの中で)「殺してやる」と本気でやれた。そしたら死にそうになる直前で恐怖が来て、「死にたくない」になった。そして苦しくなって、「殺してくれ」になって、恨みの自分は死んだ。
今まで、生きるのに恨みを支えとしてきた自分だったから、死んだら(自分が)可哀想だった。寂しいから恨んで、恨みが支えで生きて来た。恨みの自分が愛おしくなって来た。死んで平和になった。途中で悲しくなってきた。泣いて、途中から「生きていこう」となって、恨みがないけど「生きていこう」前に「進もう」になった。気持ち良かった。

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子供達への虐待は母からの虐待|物凄く怖い母自身の恨み|セラピーの現場から(643)

○セッションを始めたのは、私の子供達への虐待が、止まらなかったからだ。今は、かなり改善された。私の職場での人間関係もやや改善された。それでも私の問題は残っている。奥の方では母との関係だ。表面的には、自分の感情が出にくい。怒りや悲しみが出にくい。感情を出そうとすると恐怖がやってきて邪魔をする。他の人がセッションで本気で怒っているのを見てショックを受けた。自分に足りないのは、あの「本気」だと思った。
○何とか本気になりたい。今回のセッションに参加する準備として、絵を書いた。真っ暗な中にぽつんと小さな子供(自分自身)の絵。弱々しく線だけでできた小さな子供。この絵は、(母に)置いていかれた恐怖だ。背後には母の怖さがある。小さな頃の母のイメージはとにかく怖い。どんなに怖いかを表現できないほど怖い。怖いときの母の顔を思い出せない。感じられるのは心配と不安。絵は、私が3歳の時に、妹が生まれて両親が離婚し、私が置いていかれている恐怖だ。
母に置いていかれた、無視された、そこが一番傷ついている。真っ暗な中に一人ぽっち。母が怒っているのも、真っ暗で一人になっているのも、怖い。置いていかれたのは覚えている。意識がある。わがまま言って置いていかれた。「言うこと聞かない」とお尻叩かれた。多分、母の思い通りにしなかったから怒られた。きちんとやらなかったから。それでもいうことを聞かないと母は「勝手にしなさい」と、行っちゃう。歩いている道の真ん中で。自分が子供達へやっているのと同じ虐待だ。
そのことをグループカウンセリングで話していたら悲しみが出て泣けた。昔のその状況の時には泣けたなかったのではないかと思う。
○セッションで、母から怖い目にあわされたことへ、恨みを込め、怒りを出した。ところが本気で怒れない。恐怖を本当には感じたくないから本気で殺意を出せない。母から傷ついたことを何となくそうだったとは思えるものの、本当は物凄く傷ついたから、怖くて怒れない。怒りを止める。アクセルとブレーキを同時に踏んでいる。怒れないで弱々しく泣いてしまう。怖さを感じないようにしているから踏み込みない。感じられない、感じたくない恐怖がある。本気になれない。ストップさせている。へなちょこな気持ちになって、最後まで行かれないと思った。
○恐怖にドップリ浸かれない。もし浸かったら本当の殺意(怒り)が出てくると思う。本当の殺意(怒り)に行くまで距離がある。
○母への理解もほんの少し進んだかもしれない。母は、怒った時に物凄く怖い。怒って母自身の恨みを出していた。恨みも殺意も全部出して、きちがいになって私を怒っていた。それが怖い。お母さん自身の恨み。親に愛されなかった恨み、夫とも離婚して一人になった恨み、全てへの恨み。お母さんを抱きしめた。怖さの正体がほんの少し見えてきた。
○母に実際に聞いてみたことがある。私のことを「可愛いと思ったことがあったのか」と聞いたら「(あなたは私の)言うことを聞かなかったから」と応えた。「妹は生まれた時は天使のようで可愛かった」という。私は差別され虐められたようだ。

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115 世代間伝達とそれを越えてー死と生が仲良く

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<世代間伝達>
セッションが進むといつも間にか取り組むことになるのが、世代間伝達。
私たちの心の悩みが、母、私、娘へと伝達されているということを観抜くようになる。例えば、心の中にある自閉、恐怖、殺意などのことは、母、私、娘に似たものが同じようにあるのではないかと気が付く。そして母、私、娘の順に伝わっているのではないか、と。さらに、(例として)自閉、恐怖、殺意は互いに関係があるのではないか、と。
<実際の体感>
はじめからは、分かりにくい。多くの場合、はじめの段階は純粋な怒りや恐怖を体験する。誰に対する怒りか、何に対する恐怖とかは、出ないことが多い。
そのうちに対象がはっきりしてくる。特に母親が重要で中心的なのが分かってくる。さらに、母親から被害を受けたことがセッションの中心となる。対象は母親で私たちは被害者である。いよいよ重要な段階になる。この段階が勇気をもって十分に納得がいくまで体感されることが重要。この段階で、隠されたものを十分に意識化するには、いい母とわるい母(クライン)の全体的な認識が効果的。
臆せずにこの段階を余すことなく体感できれば、次の段階で、私たちは同じようなことを子供(娘)にやってしまったことを思い出す。私たちは加害者でもあったのだ。このとき自分が悪人でありえたという罪意識に耐えられることが重要である。あの幼く可愛らしく純真であった我が子に「やってしまった・・・」と。耐えられないときには、前の段階に戻り、やり残しを納得がいくまで体感する。
<世代間伝達を越えて>
このようにして世代間伝達が体感され、それに逃げずに向き合うことが必要。十分に体感されると、ある意味で安心し、より本質的なものに向かう。より深く納得したい欲求が出る。そして、殺意は母親を越える。母親はもはや問題ではなくなる。世代間伝達を越えた段階といえる。対象は自分自身や世の中全体、宇宙全体となる。やがて、対象さえなくなる。死そのものを扱う。死が忌み嫌われるものではなくなる。そうするうちに死と生が仲良くなる。死と生を峻別することは魅力がなくなる。生死を越えるようになる。
<行きつ戻りつ>
これらの段階は人によっては前後することもある。並行して進むこともある。何度も行きつ戻りつして前進する。避けずに全ての段階を通ることで力が付く。

 

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114 思い出した殺意 2/2ー破壊的な怒り…恐い

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<一人娘である胎児への拒否>
その後、私が現在の一人娘を妊娠したと分かった時、それは、それは大喜びした。大喜びだったはずなのに、つわりに耐えられず泣き、旦那とのセックスも自分が満足するようにできず、“お前(娘である胎児)がいるからだ。お前がお腹にいるからだ。お前のせいだ。私が好きなように出来ないからお前なんかいらない”と思った。大きなお腹を押さえながら思った。そんな気持ちを誰にも言わなかった。
<死:恐怖と望み>
陣痛中、経過が順調で、助産師さんに「(お腹の子は)よく分かってる子ですね。」って褒められたが、全然嬉しくなかった。だって陣痛が痛すぎて陣痛室から飛び降りる事しか考えてなかった。そうやって死を避けている私が、死ぬ事が怖い私が、何かある度に“死”を考えていた。
<セッション:母への憎悪から胎児への憎悪>
娘の育児に行き詰まった。娘を自閉的にしてしまった。セッションを受けるようになった。セッションでは「母親に対する憎悪や怒りをやらなくてはいけない。」と言われ、母に対する憎悪や怒りを思い出していくうちに、フツフツと怒りが増すにつれ、娘が胎児だった時の娘に対する憎悪や怒りも蘇ってきた。
<可愛いという気持ちと殺意の同居>
ベビーブレスのセッション中で、娘が可愛くて、可愛くて、「大好き~」と抱きしめていたら、それがいつしか憎しみに変わり、それでも大好きという強い気持ちと憎しみで娘が潰れるまで、潰れても強く抱きしめたあの感覚を今でも忘れない。そう、きっと殺意だ。私の中にある殺意なんだと思った。
<娘の自閉は母からのもの>
娘は自閉的だ。娘の事を思うと本当に悔しい。お前(母親)のせいだ!!自分の感情のままに子供(私)を従わせ、子供(私)は絶対母親を裏切らない事を利用したんだから。母もきっと、どこかでその事を感じ知っていたんだろう。子供(私)は裏切らない、絶対裏切れないという事を。
私は、母に従わなければ、母に(感情の交流を)シャットダウンされた。その悲しみ。そのため私自身も自閉的になってしまった。そして育児をうまく行えなかった。私のために娘も自閉的になってしまった。
<今もある、言ってはいけないという気持ち、破壊的な怒り>
今でも、私は本当の気持ちを言ってはいけないという気持ちがある。“本当はどうしたいの?本当の気持ちは?大丈夫だから言ってごらん”と、悩んでいる時に自分に問うと今でも涙が出てくる。
本当の気持ちがいえないだけでなく、何で罪悪感もなく、なぜ堕胎ができたのか…。何でこの堕胎の話をあまりしなかったのか…と、瞑想をしながら、日々のご飯を作りながら探っている。
怒りは今も完全には消えていない。その破壊的な怒りと憎しみを出す事でどうなってしまうか…。恐い。本当に恐い。恐いけど、ここを探って味わっていかなければいけない!!と強く強く思った。娘の為にも。そして、自分自身を本当に知る為にも。

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