人生の息苦しさを解く最後の関門は一つの謎として立ちはだかった(その2)|セラピーの現場から(661)
<見っともない人生>
そういう状況(660参照)の中で、「見っともない人生」を生きてきてしまった、という気持ちがあった。そして、「見っともない人生」をいまだに歩んでいるという、強い不満があった。何が見っともないのか。それが謎だった。自分が愛情をもらえない「干しけ猿」だったという気づきや、ついついエリートやリーダーとして振る舞う癖があるという気づきなど、大切な気づきがあるにもかかわらず、これらの気づきは「何が」の答えにはならなかった。微妙にズレがあった。そして、これらの気づきは互いにつながらなかった。人生の息苦しさを解くことができなかった。最後の関門として残った。謎として立ちはだかった。繰り返して自分の中に湧き起こって来ては自分を苦しめる一つの思い。「自分の人生は見っともなかった。」
<あきらめようかとも>
謎は謎のまま時間が過ぎ、あきらめようかとも思った。思えばつらい人生であったが、自分でもよく頑張ってきたと思う。「干しけ猿」として生まれ、恐ろしい太平洋戦争の子供時代をくぐり抜け、エリートとして、リーダーとして頑張ってきた。少々、他人に煙たく思われようと、頑張ってきた。立派にやってきた。褒められていいはずだ。それでいいではないか。
<でも納得しなかった>
そう思ってもどこかで自分自身が納得しなかった。あきらめなかった。セッション受けを続けた。
<謎は解けた>
やがて謎は解けた。
生きている事自体が見っともない。そのことを、自分自身が認めたくなかった。最後までエリートとしてリーダーとして、なんとか、立派な人生を終えたかった。生きている事自体が見っともなかったことを認めると、今までの人生がウソになってしまい、死んでしまうような気がして、認められなかった。
ところが、認めたら、心のそこからエネルギーが沸き起こり、大泣きした。まるで臨終の人のように、人生全体が走馬灯のように思い起こされた。セッションの中で、それまでできなかった母親殺しを、本気で行うことができた。すっきりした。本当の人生が始まるという強い予感がしている。
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