望まれるままに自分の死を望む|セラピーの現場から(527)

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若い母親が、いろいろな理由で、子供に愛情が注げない。心の奥では、子供がいなくなればいい、死んでしまえばいいと思ってしまうこともある。子供の食べ物やおしめの世話は、何とか頑張って、する。しかし本心から生きてほしいなどとは思えない。思っていない。(彼女がそうなるには理由があるのだけれども・・。)

幼い子供は、自我が十分にできておらず、その母と一体。心が一体。母の思いを自分の思いとする。望まれるままに、いつしか自分の死を望む。自分自身の望みとして、望む。本心で望む。そうして、それでも肉体は生きていく。体は生きようとする。心は死を、身体は生を。葛藤(かっとう)が起きる。子供は大きくなるに従い、この葛藤を押し隠す。隠しても、しかし無くなることはない。肝心なところで顔を出す。そのようにして人生の苦しみの基盤がつくられる。

 

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