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怒りを押し殺して人は病気にもなる|怒りのエネルギーは生のエネルギー|セラピーの現場から(562)

私たちは不快を避け、快の方向へ生きます。当たり前のようですが、セラピー(ベビーブレス)の中での理解には大切になってくる事柄です。例えば、怒りのエネルギーは生のエネルギーで心地よいものです。怒りを押し殺していては人は病気にもなります。怒りのエネルギーを殺さず外側へ発することで、大きな仕事ができます。社会を改革できます。革命家になれます。外側の大きな敵を倒すことができます。大きな怒りがあれば敵弾を受けても痛みを感じずに前進できます。
また、内側の敵にも怒りのエネルギーは当初は有効です。内側の敵である「愛情をくれなかったわるい母親」に怒りを(セッションで)ぶつけることも、当初は、とても重要で、セラピーの大きな発展ポイントです。それまでその怒りを殺していた人は、怒りを発することで、雨後の竹の子のように成長します。
しかし残念なことに、この内側の敵に対しては、最後の最後のところでは、怒りのエネルギーだけでは十分ではないようです。怒りのエネルギーが、万能のエネルギーとして、内側の敵を殲滅(せんめつ)できればいいのに、そうにはなりません。それでは本人が納得できなくなります。本人の腑に落ちなくなります。
なぜでしょうか。外側の敵を倒すようには内側の敵を倒せないようです。「わるい母親」は変わらないままなのです。うまくいかないので、途中で妥協して、うやむやにしてしまいがちです。その肝心のところで妥協するなんて、もったいないと思われます。身体が「納得できない」「腑に落ちない」といって、最後の本当の快へ導いているのですから。

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140 それは本当に快なのか

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快と不快
私たちは不快を避け、快の方向へ生きる。怒りのエネルギーは生のエネルギー。心地よい。外側へ発することで、大きな仕事ができる。社会を改革できる。革命家になれる。大きな敵を倒すことができる。大きな怒りがあれば敵弾を受けても痛みを感じずに前進できる。死を甘んじて受け入れていては敵に負けてしまう。死んでも前進することは快であり、敵に屈することは不快である。
では内側の敵には、なぜ、同じようにうまくいかないのか。納得できない、腑に落ちないのはなぜか。外側の敵を倒すように内側の敵を倒せないのは、なぜか。うまくいかないので、途中で妥協して、うやむやにしてしまう。楽になりたいといって、人によっては病気の中に逃避してしまう。それは本当に快なのか。消極的すぎる。人生がもったいない。

 

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118 快と不快(正気の自分と狂気の自分)

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本当に治りたいと思う自分もいる。正気の自分。ほんとに治ることで手に入るであろう快。セラピーを受ける仲間を見ていると進んでいく人がうらやましい。しかし、治るために受けるセラピーが、あまりつらい(不快な)ので、もうこのまま狂ってしまいたいと思う自分がいる。狂気の自分。狂ってしまうことで手に入る快。冷静に考えれば狂ってしまうことで手に入る快は本当の快ではない。しかし、いざ分かれ道に立つと、狂ってしまいたい、セラピーなど放り投げてしまいたいと思うことがある。そして、実際にやってしまう。誰も本人の意に反してまではケアできない。病気を専門に扱う精神科のカウンセリングでも、正気の自分が残っていない人は治療を断られることがあるらしい。ではいったい誰が面倒を見るのだろう(物理的肉体的な面倒の話ではない)。正気の自分を捨て去ってはいけない。束の間の快に誘われ、本当の快を求める自分を捨ててはいけない。

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