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338 大人の目と子供の目

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例えばある人が母親について葛藤している。幼少期に母親の愛情が十分ではなかったために苦しみ続けている。私よりもその人はかなり年少と仮定する。すると私は心の隅で思ってしまう。この人は母親からいつか自立することが必要だな、と。大人の目で見てしまう。ついつい社会や世間の目が入り込む。
他方、私よりもその人は年上、あるいは私と同じ年頃と仮定する。すると私は、その人の苦しみが自分の苦しみとほとんど同じだと感じる。ひしひしと共感する。その人と同じ子供の目で見る。
心の傷はいつも子供の傷。だから子供の目が役に立つ。それが治療になる。セラピーでは徹底して子供になる必要がある。治療が進み十分に癒されれば自然に大人の目になる。

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325 本当に俺がしたかったことができている

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ベビーブレスをした。自分の中にいる傷ついた「小さな坊主」の所に何とか行く。「寂しい」とワーワー泣いていた。良かった。
現実の家族のこと。中3の息子のこと。俺の大変だった時と同じ年。進路を決める大事な時。彼は荒れたり(俺に)生意気な事を言ったりしている。凄く安心してやっている。それが分かる。お母ちゃん(妻)は包容力があるし、親父の俺もいい感じでやっている。羨ましい。俺もこうしたかったな、高校も行きたかったし、親父を蹴っ飛ばしてみたかった。(俺に生意気な事を)「言っていいよ」と思う。俺もそうしたかったなと素直に思う。
娘のこと。娘がもう直ぐ同棲するのに家を出る。ただ理屈でなく寂しい。本当に寂しいと感じている親父(俺)が、自分でいうのもなんだが、子供に意識があって、子供のことが大切で・・・。子供が、親父(俺)にそんなふうに思われているのが羨ましくて…俺もそうなりたかったな、俺もちゃんと親に見て欲しかったな。娘にそう言えたり泣けたりした。
「小さな坊主」の自分を(ベビーブレスで)抱っこしているから、実の息子や娘も<抱いて>やることができる。だから「いいよ」と思える。俺は不安だった。息子が羨ましい。俺もそうしたかった。どんどんやれと言いたい。俺はそうできなかった。そうしたいとも言えなかった。俺は家が大変な状況で中卒で社会に出るしかなかったし「社会って何だよ」って怖かったし不安だった。何で俺だけこんななんだよって思っていた。
俺の中にある寂しさで理想的な形と思える家庭や会社を作ったが、形ではなく、本当に俺がしたかったことが子供たちにできている。寂しさを分かってやること。

 

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211 遠く忘れてしまった幼い子供

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遠く忘れてしまった幼い子供

どうしておかしいんだろう、何かが上手く行っていない、仕事、上司、恋人、友人、家族・・・。私たちは、走り続けてきた人生の中で、立ち止まり、振り返ります。なぜなんだろう。しかし考えても悩んでも、時間がたつばかりで、ものごとはうまくいかないと感じます。自分の人生の先が見えない、と感じます。
しかし、私たちは、どこかで知っています。この困難さは、なにか本質的だということを。なにか人生の初めからの困難さだったことを。遠く忘れてしまった幼い子供のころのことが無関係ではないことを。
そのことは、私たちによって、忘れ去られ、無視されます。手に負えないからです。思い出したら、生きられないほどだからです。しかし、そのままでは、先がありません。  アコールでは、セッションを通じて、あなたの胸の中にいる傷ついた幼い子、あなた自身を解放するお手伝いをします。そうして初めて自分の内部から望みが湧き、往くべき道を知ることができます。

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195 初ベビーブレスの感想3

以前にベビーブレスで心のフタが取れたようだと伝えましたが、今もそれは続いています。もちろん仕事をすれば疲れますし、嫌なことがあれば少し死にたいと思いますが、以前よりも疲れづらくなりましたし、自分は死にたくないし大丈夫だな、と思えるようになりました。深くも眠れるようになりました。あとは、少しですが我慢強くなった気がします。以前は少し具合が悪いと仕事を休んだり人との約束をキャンセルしていましたが、今は多少具合が悪くても仕事に行けるようになりました。今の仕事ではじめてシフト通りにいけました。なんとなくですが、「具合が悪いから動きたくない!」と思うのは、クー(自分の中の小さな子供、自分で名付けた)が自分の存在に気付いてほしかったから、そうさせてたのかなぁと思っています。クーが「仕事に行きたくない!」というときは、今の私が説得してます。今のところは仕事に関しては、クーもなんとか踏ん張れてるみたいです。また、怒るときも、今までにない感じでカッと怒れるのですが引きずらないのです。怒れる自分が嬉しくもあります。
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182 一人ぽっちで寂しい坊主(小さい頃の自分)

前回のベビーブレスの中で、うまくいかずに頭が痛くなった。この痛さは何かに抵抗していることが、ぼんやり感じられた。何に抵抗しているのかは謎だった。謎を解きたかった。

 今回のベビーブレスも、呼吸があまりできない。でも、それでも丹念に続けていたら、だんだん力が入ってきた。前回のように怒りが湧くかと思ったら泣いちゃった。泣いていて頭が痛くなるかと思ったが痛くなかった。起きてもゆすっても痛くなかった。毛布を丸め抱っこして小さい頃の自分の代わりにしてみたら、もっと泣けた。頭は全く痛くなかった。

 途中で、怒りも涙もなくて白けた瞬間があった。そしたら頭が痛くなってきた。例の手だ。毛布をクルクルやっていたら泣けてきた。頭が痛くなくなった。こいつか、原因は。丸めた毛布に、一人ぽっちで寂しい坊主(小さい頃の自分)を感じた。ずっと抱っこして凄く泣けてきた。納得した。

 抵抗していたのは大人の今の自分。本当の自分にいられない。小さい自分にいられない。攻撃したり無視して白けたりする。それで頭痛くなる。抱っこすると力が抜けて泣けてあったまる。それが自分。

 そういえば、普段、小さい子を見ると、それだけで何か寂しい。困ってそうな人がいると、ついつい過剰に救いの手を差し伸べ、かえって、トラブルに巻き込まれたりもする。今回のように、自分の中にいつもいられたら、過剰なことはやる必要がなくなるのかもしれないと思った。

 

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181 怖かったブレスの部屋(初ベビーブレスの感想2)

IMG_6803ベビーブレスを始める前はブレスの部屋が怖かった。

ベビーブレスは私の場合、都合2回やることになった。やって自分の中の小さな子供(自分で「クー」と名付けた)と話したら、寂しくもあり、愛おしくもあった。

そうしたら、ブレスの部屋がふんわりした感じに見えた。怖くなくなった。

 

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44 親になれた私

IMG_6087寒い冬を耐えて咲きました。

愛されなかった私が、子供にだけはそうはすまいと思って懸命に子育てをしてきました。私に比べ子供は幸せになったはずでした。それは間違いないと思っていました。

しかし私は、いつの頃からか、そんな子供にやきもちを焼きはじめたのです。口には出さないけど、自分でもびっくりです。私はそんなに大切には育ててもらえなかったからと…訳は分かっていました。

セッションの中で、私だって「甘えたい」という、押し殺していた気持ちがふきでて駄々をこねました。その中で子供らしい子供に初めて私はなれたのです。自分を取り戻したように、気持ち良かった〜

そうしたら実生活で初めて親になれたのです。それこそ親らしい親に。

柔らかい自信の様なものがみなぎってきたのです。不思議だなとしみじみと感じながら…。

引きこもりからの自立等いろいろな心理的悩み相談や心理カウンセリングのお試し無料あります。さらにベビーブレス(アコールで開発した独自のブレス,ブリージング)ができるようになれば精神分析の組合せで大きな効果があります。東京府中