ケース研究
アコールのカウンセラーによるメッセージ、ケース研究や活動記事です。小冊子に投稿した記事を対談形式に転載しています。
アコールのカウンセラーによるメッセージ、ケース研究や活動記事です。小冊子に投稿した記事を対談形式に転載しています。
林 : この「アコールつうしん」の記事を読んで、アコールが一体何をやっているのかわからない、という人がいるようです。困っています。
雲泥 : 私だって困ります。今まで、できるだけわかりやすい記事になるように、これでも心がけてきたんですから・・・。
林 : 問題はどこにあるんでしょう。
雲泥 : 扱う内容が深すぎて辛すぎるのだと思います。 自分の心の傷に気が付くことは大切なことだということは、誰も経験するところです。ある人が、何かをきっかけにして、自分の心の中に隠された傷があるようだと、ある日気が付いたとする。日が経つにつれ、その傷がなぜできたのかということ、その傷を持っていたために、人との関係にあれこれの影響を与えていたことなども、少しずつ納得できるようになるでしょう。そのうちに、人間関係がよくなったり、身体の不快が無くなったりすることもある。何よりも、自分が何か大切なことを知ったような喜びがあるはずです。問題は、その傷がとても深い部分にある場合です。例えば、自分の母親が自分の出生を実は望んでいなかったような場合、そのことに本当に気が付くと母への憎悪、世間への憎悪、自分自身への憎悪、自分の子供への憎悪などと対面しなければなりません。
アコールのセラピーはとても深い部分の傷まで届くので、効果も大きいのですが、人によっては受け入れきれない傷の深さというのがあります。そして傷を受け入れきれないと、「アコールつうしん」の記事自体を受け入れきれないということにもなります。
林 : しかし、最近刊行された「阿闍世(あじゃせ)コンプレックス」小此木啓吾など編集(創元社)は、アコールと同じ深い部分を扱うものですが、既に書店に残り少なかったようです。世間には受け入れられているのではないでしょうか。幼児虐待や子殺しの問題は蔓延しています。
雲泥 : それでも受け入れられる人の数は多くないのでは・・
林 : 幼児虐待などは、その母親が自分の乳幼児期や胎児期に(虐待された)傷を持っているはずで、自分の傷を観ないからこそ、自分が子供を育てる段になって、無意識の憎悪がムクムクと頭をもたげて対処できずに、やっちまうんですから。自分の傷を観ることができ受け入れることができれば、虐待などの世代間伝達も無くなっていくでしょうに。
雲泥 : 本当に観れば、やりませんよ。やれたものじゃありません。深く根元的な傷を正面から観ることができ、それによって本質的な癒しを感じ、本当の成長を喜べる人々もいます。しかし、あまり深い傷を観ることには耐えられず、なんとかその傷を観ずに済むように、プラス思考を掲げ、外側に活動の輪を広げ、明るい光を求めて生きていこうとする人々もいます。傷を観るのは難しいことだと思います。
林 : 私も昔は後者の仲間だったのです。
雲泥 : あなたの仲間には今もそういう人が多いですね。観たくない人は、観ようとすることに対し、しばしば次のように感じます。人生の暗闇ばかり扱って、ドブさらいのようなことをして一体何の得があるんだ。とんでもない。俺は、ただでさえ苦しんでいるのに、それを、一番苦しいところに放り込んで何が面白いんだ。暗いことを掘り返してもしょうがないんだから、明るく前向きに生きていかなければしょうがないだろう。自分のことばかりにかまけていないで、社会のお役に立ったらどうだ。ドブさらいをやったら悩みは消えていくのか。悩みが消えないのは、感謝が足りない、信仰が足りないんだよ、そんな傷なんか観てどうするんだ。社会的にも、俺達は正しいことをしているだ。親のことをあれこれいっているようだけれど、それでも親は一生懸命やったんだよ。怨んでいる人にだって、いい面もあるでしょ。いい面を見て生きて行きなさい、とね。
林 : 私も昔は後者の仲間だったのです。
雲泥 : あなたの仲間には今もそういう人が多いですね。観たくない人は、観ようとすることに対し、しばしば次のように感じます。人生の暗闇ばかり扱って、ドブさらいのようなことをして一体何の得があるんだ。とんでもない。俺は、ただでさえ苦しんでいるのに、それを、一番苦しいところに放り込んで何が面白いんだ。暗いことを掘り返してもしょうがないんだから、明るく前向きに生きていかなければしょうがないだろう。自分のことばかりにかまけていないで、社会のお役に立ったらどうだ。ドブさらいをやったら悩みは消えていくのか。悩みが消えないのは、感謝が足りない、信仰が足りないんだよ、そんな傷なんか観てどうするんだ。社会的にも、俺達は正しいことをしているだ。親のことをあれこれいっているようだけれど、それでも親は一生懸命やったんだよ。怨んでいる人にだって、いい面もあるでしょ。いい面を見て生きて行きなさい、とね。
雲泥 : これに対して、観ようとする人は次のように反論したくなります。暗闇のドロドロに正面切って対決できるようになったときに、初めて本当の癒しが起きるんだ。観ないのは、ただ怖いだけだ。逃げていると一生苦しいままだぞ。暗い部分に背を向けないときに初めて、本当の意味で、自然で明るく前向きの人生が起きて来るんだ。自分で作り出すような偽善は必要がなくなる。いくら人格者ぶっても自分の傷を観ることができなければ、子供には非行などで離反され、身体には治りにくい病気として出る。いくら家の外側をきれいにしても、家の中の下水がつまったまんまでは健康な生活はできない。ドブさらいをしなければ、くそだらけの人生を、臭いをごまかしなながら生きていかなければなない。裸の大さまの王様のようにね。そのように病識がないから、ドブがつまっているのにも慣れっこになり、知らないうちに、子供に出る、身体に出る。
たとえ悩み自体は消えなくても、悩みに巻き込まれることはなくなる。悩みの程度は本当に弱くなる。自分の本当の姿を観ない信仰など本当の信仰ではない。社会的な行いを、自分の内面の作業に、すり替えることはできない。暗闇を観ることは、親が一生懸命に子育てをしてもそれでも子供である自分を傷つけてしまった事情を、理解できるようになる。本当の和解がある。怨んでいる人を、どうしてそうだったのかを理解しなければ、本当にその人を許すことにはならない。その人のいい面だけでは、ものごとが薄っぺらなまんまだ、とね。
林 : きついけれど、そうだと思います。
私は、プラス思考的な「感謝とお詫び」の業をしましたが、実は、私には役に立ったのです。母は私を苦労して育ててくれました。いっぱい感謝しました。自殺を思いとどまることができ、普通に生活できるようになった。ところが、人間らしくなったかというと、違った。自分の本当に深い傷がわかったかといえば、それはない。自分の本当の問題には触れない。なんとか生活しているに過ぎない。本当には生きている実感はありませんでした。
自分は求めました。感謝とお詫びという答えがなく、母の深ーい傷を見破るような作業になりました。深い傷を持ちながら頑張ってくれた母に、深い感謝も湧いてくる。同時に、自分がどれほど傷付いたかもわかってくる。自分という存在の否定でした。その傷は、自分の中に隠れていました。
今は、前よりも人間らしくなった、と思います。私には階段が必要でした。
ベビーブレスでも自然に感謝とお詫びに入る人がいます。しかし、その次(の回のベビーブレス)には「実は違うところに傷がある」などと言って、また進んだりします。
私の場合、母の傷を白日の下に曝すことが、自分の傷を曝すことになり、自分の人間性の回復になりました。死んだ母を攻撃してもしょうがないといわれそうですが、亡き母親を攻撃することでも、自分の攻撃性が認識でき、その攻撃性がどこからきたかがわかり、本当の傷のありかがわかります。自分の傷をわかることで、行動などはまるきり違うことになります。
雲泥 : 林さんの場合にどのように違いましたか。
林 : 傷がわからないままだとしたら、怨み(攻撃性)をオブラートに隠してやさしくすることになり、(人に対し)毒になったでしょう。私の子供も、怨みは隠して嘘をやるようになったでしょう。やがて自分の好き嫌いや本心もわからなくなるハメになったでしょう。
傷を観たおかげで、いくらかは人間性を回復し、おかげで子供とは本音で話せ、一緒にいて食事をするだけでものすごく楽しいです。本音を、怒りを、出してもOKの関係です。出すと、逆に仲良くなります。子供がものすごくかわいい。話が通じます。上滑りの話ではなく、自分の悩みを打ち明けてくれます。男の子の話や、セックスの話もできるようになりました。私も、打ち明けます。その結果、お互いが人生のどこにいるのかもわかる。不安がないんです。安心していられる。私が求めていたものがこれだった。
どんなに辛くても、苦しみの大元を歩み通さないと癒しは起きてこないと、体感しています。自分の経験が証拠をつかんでいます。ごまかしが利かない。途中で終わると悩みが続きますね。
雲泥 : 林さんが亡き母親を攻撃するようになった深い傷はどんなものでしたか。
林 : 母親にとって私は本当は欲しくない子で、どうしても生まれるのなら男の子であって欲しかった。このことは私には人生の早くからわかっていたことのようですが、深く心の奥に隠されていました。観たくない傷でした。そして、読者には理解されにくい表現であることを承知で言うと、胎児のときに母に「欲しくなかったことは黙っててあげるから、頼むから産んでちょうだい」といって産んでもらった感じなのです。そして、実際に男に負けないように生きてきましたが、背後には自分が存在してもいいのだろうか、いっそ死んでしまいたいという不安と、共犯者のような罪悪感とがありました。
雲泥 : 両親への憎悪はどうでしたか。
林 : 割に単純な父には、若い頃に十分に憎悪を出せ、その結果いい関係を持てましたが、分かりにくい母親のことは見抜くことができなかったので得体の知れない苦しみが続きました。しかし、ベビーブレスのような深いセラピーを経て初めて見抜くことができ、閉じこめられていた憎悪や悲しみを出すことができました。それが私の人間性の回復につながっています。
雲泥 : 林さんの場合も、胎児期の自己の存否に関する傷ですから、阿闍世コンプレックスですね。
林 : 雲泥さんの場合はどうなんですか。
雲泥 : 私の話をさせていただけるのであれば紙面を50頁くらい欲しいですが、そうもいきません。昔は私も母親からは愛情をもらったつもりでいました。一面の真実です。しかし客観的には、どうも母親は子供が欲しくなかったようです。私の姉はオッパイを飲む力がなく生後3日で亡くなり、私は陣痛促進剤を使って2ヶ月早く早産で生まれ、後の兄弟は何人か堕胎され、私は一人っ子です。母親は、子供は一人で十分じゃった、おしめの換え方が分からず見かねた隣人がかわりにやってくれた、とあっけらかんと話す人でした。その訳もかなり解明できてきましたが、ここでは割愛します。私は2歳半のときに母の実家にしばらく預けられ、その時の体験が傷つき体験として初めて想い出されることがあり、私の突破口になりました。
雲泥 : 母親は、今考えると、かなりわかりやすい人でした。私が小さい頃、私が何を言ったことがきっかけなのかは思い出せませんが、母親が私に「ヘッ、産んでぃもろち」と何度か言ったことがあります。訳すと、産んでもらった癖に何を生意気なことを(あるいは贅沢なことを)言っているんだ、という意味です。私も3人の子持ちですから一般的に親の気持ちは分かるつもりですが、そんな言葉を自分の子供に吐くことができるというのは、親はかなりの心理状態です。私の小さい頃からの不全感はこの母親から来るのですが、母親が、この「産んでぃもろち」を額面通りに言っていたんだというのが分かるようになったのは、恥ずかしい話、ここ最近のことです。分かりたくなかったのです。記念として自分のメールネームを「雲泥諸智」とすることにしました。
林 : 面白いですね。その場合の阿闍世コンプレックスを話して。
雲泥 : 私を精神世界に導いてくれたのは、私の漠然とした不全感ですが、その背後には存在していてはまずいという不安があり、何かの拍子にアイスピックで心臓を刺されるような実際的な恐怖が隠れていました。この不安や恐怖は、陣痛促進剤を使った人工早産に関係するように感じられ、その背景には、胎児期に受けた母親からの殺意(堕胎したい)があるようです。
よって当然に形成される私の側の両親に対する殺意は、激しいものがあり、夢の中では、両親を何度も白骨死体にし、犯人は自分であるというストーリーで冷や汗をかきました。それが、阿闍世コンプレックスのなせる技であるというのがわかってからは、不思議なことに、そして当然にも、一度もその夢を見ません。
文字になるとオドロオドロしいでしょうが、得体の知れなかった頃に比べると、大変に助かりますし、一つ一つの消化が確実に成長につながるという感覚は、味わった人でないと理解できないでしょう。自分の子供へ愛情の湧き出る具合は、自分で信じられません。
林 : そういうことなんですね。阿闍世の物語自体も、もう少しして下さい。
雲泥 : 前回話した仏典にある阿闍世の物語は、母が妊娠が続くことを望まなかった阿闍世が、胎児期からの怨みを持っており、両親を殺そうとする葛藤をおこすのですが、お釈迦様が深い理解を示すことで救われるという物語です。
ところが、救いのきっかけになった深い理解は、お釈迦様が示したので、人によっては、何か「超人的な存在」が、救いのためには必須であるように思うようです。とすれば、お救い人や奇跡を求めなくてはなりません。
しかし現実に踏みとどまって、お釈迦様は「超人」ではなく「人」だったはずだと思い直せば、全く違う「教え」が得られます。心理セラピーをめぐる経験によれば、このような深い理解は、あくまで生きている人の内部から生じるべくして生じるものです。超人的神様から宅配便のように届けてもらうものではありません。人間釈迦は阿闍世に対し深く共感することが可能であり、母親や阿闍世はその共感に感応できる状態だったというのが実際だったのではないでしょうか。阿闍世は、逃げずに十分に悩み果てた後であり、もはや心理的に退路を立たれた状態だったでしょう。もし阿闍世が深く悩む前であれば、お釈迦様の深い共感に対し何も感じなかったでしょう。
中途半端な悩みであれば、猛々しい王になっていた阿闍世は、むしろ、お釈迦様に攻撃の刃を向けたかもしれません。彼は自分の傷の深さを受け入れる準備ができていたことでしょう。
他方、釈迦を産んだ母は、釈迦族の王の子である釈迦を腫れ物に触るように大切にしたでしょうが、妃達をたくさんかかえる王に非人間的に差し出された娘の一人に過ぎず、他の妃達との嫉妬争いにさらされ、宮廷内で本音は言えず、健康に子供釈迦を育てることができたかは、相当に疑わしい限りです。とすれば釈迦自身が阿闍世コンプレックスに悩んでいた可能性があり、釈迦が若いうちから求道したことも納得できます。
個人の深い悩みの奥には、この胎児期からの怨みが隠れていることが多いために、日本の昔の有名な精神分析医が「阿闍世コンプレックス」と命名しました。精神分析の進歩とともに、見直され、2001年7月に開催されたIPA(国際精神分析協会)のニース大会でのワークショップのテーマがこれ「Ajase:East and West」でした。
林 : なお、東京池袋のジュンク堂からアコールが出版した体験談集が販売されますので、よろしく
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