えー!セッション記録をスマートフォンが読み上げてくれるの?|セラピーの休憩タイム(684)

iPhoneやアンドロイドの読み上げ機能をオンにすると、このブログ記事やセッション記録などの文章を音声で読み上げてもらえます。例えば、アコールからのセッション記録をメールで受け取った場合に、そのメールの中の文章を、読み上げてもらうことができます。
「I」
iPhoneの場合
「機能をオンにする」
① 設定アプリを開く
② [一般] > [アクセシビリティ] > [スピーチ]へ移動
③ [画面の読み上げ] をONにする
④ 読み上げ速度も調整できます
⑤ 男の声にすることもできます。
「読み上げ方」
⑥ 読み上げたい文章を、コピーするときの要領で青色に反転させ、その時に現れる黒い小窓の中から「読み上げ」を選んでタップする。
「II」
アンドロイドの場合
インターネットに読み上げ機能の案内記事があります。
https://support.google.com/accessibility/android/answer/7349565?hl=ja

皆さんトライしてみてください。

ご自身のセッション記録を何度も聞いたり読んだりすることをお勧めします。通勤途中や車の中などで、読み上げ機能とイヤホンを使って何度も聞くことが可能です。

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たとえば眼の病気|心身症|セラピーの休憩タイム(683)

「W」
映画「Ray」を見ました。見たことがありますか。
「H」
どんな映画ですか。
「W」
盲目の音楽家レイチャールズの生涯を描いたものです。その中で失明の原因を心の傷として描く部分がありました。
「H」
見たかもしれませんが、はっきりは覚えていません。ジャズの音楽家ですね。
「W」
はい。
彼が幼い頃に、弟が水死する状況を黙って見てたことを、母親に激しく叱責されるシーンがありました。なぜ「見てたの!」と責められました。その直後に彼は目の病気(緑内障?)になり始め、やがて失明します。まるで「見てた」ことが悪いというようにです。その後、失明に負けず成人し有名な音楽家になりお金にも不自由しなくなります。そして麻薬にはまります。
「H」
麻薬は、演奏や作曲の際の感性を高めるという意味もあるでしょうね。ショウビジネスの世界の厳しいストレスもあるかもしれません。
「W」
まるで、アメリカの音楽家のお決まりのようです。
「H」
日本だって無縁ではないですね。
「W」
はい。
レイチャールズの場合に、この映画では、麻薬依存には更に深い意味があります。彼は、何かの拍子に、得体のしれない小さな水死体の幻覚を伴うフラッシュバックに苦しみます。そのためか更に麻薬に依存し、重度の麻薬中毒になります。
「H」
なるほど。
「W」
音楽家の生命が断たれようとするときに、彼は麻薬を断つ決心をします。激しい禁断症状の中、禁断症状を緩めることができるとして医者から勧められた薬の使用も拒否し、耐え抜き、ついに恐怖に勝ちます。そのきっかけとして、水の中から溺れる子供を拾い上げる幻覚を見ます。小さな弟は死んでおらず、生きて彼と抱き合います。そして中毒症状からぬけて、音楽家として回復します。
「H」
ふんふん。
「W」
この映画がどこまで事実に基づくものか分かりませんが、リアリティーがあり脚本や演出に感心しました。
「H」
心身症という概念がありますね。
「W」
はい。心の傷が身体の病気の原因になり得ることを示すものです。
この映画を仮に事実として見ると、次のように解釈できます。主人公は無意識に、弟と、母親からの愛情を得る競争状態にあって、つい殺意が出て弟を見殺します。
「H」
一般的な健康な兄弟関係でも、愛情をめぐる競争状態はありますよね。無意識まで探れば殺意も珍しくはありません。
「W」
はい。
彼は、その殺意に対する自分の罪悪感から、罪悪感をぬぐおうとするフラッシュバックを経験します。
「H」
弟の水死事故というトラウマを、何度も思い出すことで消化しようとするんですね。
「W」
特に、自分が殺したという罪悪感がありますから・・。
「H」
「やっちまった」とね。
「W」
しかし、母からの愛情は己の命のもとであり、それを損なう弟への殺意を容易にキャンセルできない。譲れない。
「H」
意識からは消せてもね。
「W」
そうして彼は簡単には克服できず、葛藤(フラッシュバック)は続きます。麻薬に溺れる原因にもなります。しかし楽譜も読まずに名曲をつくれる感性の鋭さから、自分の苦悩の原因を悟り、原因から逃げることを止める決心をします。
原因に立ち向かい、昔できなかったこと、弟を救い上げることを、ついに実行します。年老い傷んでしまった目自体は回復しませんが、音楽家としての健康さは回復します。
「H」
似た例を思い出しますね。古沢平作のエピソード。
「W」
そうなんです。
古沢平作はフロイトの精神分析を日本に導入した人ですが、目に障害を持っていました。愛弟子、木田恵子の伝えるところによると、古沢は乳児の頃に、母親から乳をもらえず他の女性からもらい乳をしていましたが、その乳(命)を飲む至福の時に、女性自身の子供から来る非難の視線に、睨み返すような視線で応じていました。その時の自分の罪悪感から、目が悪くなり障害を持ったということです。
「H」
そうそう。
「W」
レイも古沢も、命にかかわるような愛情関係の中で自分が得た罪悪感(心の傷)から、自分の目に障害を持つようになったということが、推測されます。
「H」
自分を責めるん(罪悪感)ですね。身体を悪くするほど。すごいですね。
「W」
仏教では心身一如という言葉がありますね。
「H」
心が身体にでる、ということですね。
「W」
蛇足です。レイは目に緑内障という器質的な疾患があったのかもしれません。古沢の目にも器質的な疾患を示す病名が付いていたかもしれません。障害を持ってしまった目自体を見れば器質的な疾患が確認されるかもしれません。しかし、器質的な疾患があれば、それが原因なのだから、原因が心の傷(心因性)ではないとするのは、短絡的です。器質的な疾患がなぜ起きたのかという視点がすっぽりと抜け落ちることになります。大間違い。

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愛情が欲しいが生きたいとは思えない|記事<676>〜<681>について|セラピーの現場から(682)

<W>
記事<676>〜<681>について本人に許可を得て対談したいと思います。
以前の彼女(本人)は、職場への強烈な不満を抱え、転職も繰り返し、その葛藤の真ん中で苦しんできました。実は、背後には母親との依存があったものの、そのことにはあまり触れることができませんでした。ましてや自分自身の本当の心の傷を観ることはできませんでした。
<H>
そのことを想うと、今の彼女は、驚くほどですね。褒めてあげたいです。
<W>
良かったですね。大きなきっかけは、やはり、あれですかね。
<H>
そう。母親の娘への依存がとれた。無くなった。そのことが大きいですね。娘は、そのこと(母親が離れたこと)に不満を述べていない<676>。もっとも自分自身の母親への依存は残っている。
<W>
残っているけれど少しづつ、とれざるをえない・・。
<H>
今までは純粋に職場への不満でした。強烈でした。それが変わってきた。<676>にあるように、自分は愛情が欲しい。生きたいとは思えない。それでも何とか生きるために、形にはめて生きようとする。でも生きる資格がない。もともと要らなかった(存在を望まれていなかった)自分。これらのことが正面から認識できるようになってきているということです。自分の問題として扱えるようになっている。
<W>
はい。それらの事実を受け入れ始めている。それら(不満)が外側の(職場などの)事柄ではなく、自分自身の事柄だと言うことをを受け入れ始めている。大きな進歩だと思われます。職場のトラブルを、自分のみじめさを、「境遇のせいにして」と、はっきり述べている。今まではこのことが全く抑え込まれてきていました。
<H>
それまでは「良い子」をやっているので、職場の不満が溜まり、そのことを家で愚痴る、というカラクリを述べることができている。職場へ本当の不満があるというよりは、仕事のせいにしていると、客観視しています。
<W>
「良い子」というのは、重要なカギですね。表面的には、職場で活躍することを通して世間に認めてもらおうとすることですが、無意識的には自分の存在を、生存を、親に認めてもらおうとすること・・・。さらには、親が無理なので、宇宙(大きな存在)に認めてもらおうとするような・・・。
<H>
同じく変化したこととして、それまで相手にしなかった父親のことも話に上るようになっている。
<W>
意識の変化が次々に起きてますね。
<H>
<676>や<677>にあるように、父を通して自分を理解するようなところが述べられていますね。仕事だけを頑張って死に向かうような病気になっている父、を通して、同じような状況にある自分を認識する。父を理解し自分を理解する。彼女の深まりを感じます。
<W>
はい。父を単に無視し軽蔑するような状況から、事の次第を理解することへ、大きく前進した感じがします。
<H>
<677>にあるように、彼女は自分の「セッションが深まった」と言っている。その通りだと思います。
自分の二重性や狂気のような寂しさの存在に気づき、それを述べることができる彼女は、それ以前のひたすら職場への不満を述べることしかできなかった彼女と比べ、天と地の差があるように感じます。
<W>
ここでも母親からの助けは大きいですね。「楽をして治ることはない、痛みを通してしか分からない」「あなたも分かっているだろう」と母が言う。彼女も、私にとって母親は重要だ、と思いを漏らします。
<H>
母親が依存を抜けましたから、そのことが大きいです。
<W>
<678>にも、それまでなかったようなこととして、職場の人に優しい気持ちを持てる体験をしたことが語られます。それは、父親のこと、ひいては自分のことを理解したことと同じ広がりを感じる。理解の広がりとでも言えるようなことですね。
もらった花が枯れること、人が死ぬこと、ひいては自分の人生、人の人生全体に思いが至る。お母さんと一緒に死にたいと思ったのは、過去のこととして、述べられています。今はもうそうではない、ということ。
<H>
自分の問題になれたという事は凄い事です。それまで(職場など外側への)攻撃ばっかりだったのに、このように自分の中に入れたのは、何度も言うけどすごい。父の姿も響いたと思うけれども、母親が依存から抜けていったのは決定的だった。そして、母親に依存させてもらえず、孤独に直面し、自分の問題を見ることができた彼女を褒めたいと思う。よくやった。
<W>
彼女は自分の問題を「過剰なもの」として表現し、その正体がこころの「傷の中」にあると意識しています。はっきり意識しています。大きな進歩ですね。
次に<679>は揺り戻しですね。大きく前進すると、その直後に、かなり後退することがあります。3歩進んで2歩後退。
<H>
短い時間で見ると、2歩進んで4歩後退だってあります。いろいろある。傷に触れて大きな気づきがあり気持ちの良い反面、傷に触れた痛みにびっくりして後退してしまう。無意識でね。
<W>
「どっかやっちゃっ」ても、やっちゃったことを再認識できないということも、他のケースではありますが、今回は彼女はしっかり認識しているので、ここもやはりすごいです。<H>
娘の揺り戻しを見た母親のアシストがすごいです。「あなたを1番騙してたのは私お母さんだよ」とか、「捨てるべき人は誰?バーカあかんべえ」とか、いやはや、頼りになるお母さんです。
<W>
ここのところは一般の人には難しいので、分かるように説明してください。
<H>
無理かも。実際にブレスをやり自分の依存などの傷を体験しなければ、この頼もしさは分かりにくいでしょう。
<W>
それまでの相互依存のいわば暖かさが前提としてあるので、その依存関係が偽物だったとして切って捨てるような鋭さも、冷た過ぎない。なんとか自分の苦しみから(いまだに続く自分側の依存から)脱出し本物になろうとする人には、かえって、砂漠で水のようなありがたさがある、ということでしょうか。
<H>
<680>では、その頼もしさの効果が語られています。彼女は、自分が一人ぽっちという本当のところを隠すために、「お母さん大好き」一本槍でがんばってきた。それが、お母さんから面と向かって拒否されることで、「私も嫌い」かもとなり、本当は「母から操られていた」、ということに焦点を当てるようになりました。
<W>
子離れから母離れへ、ですね。
<H>
それまで深い相互依存の状態であったところを脱して、娘を突き放したお母さんの功績です。そして、それに耐えて自分の中に入っていこうとした娘の頑張りがあります。
<W>
耐えざるを得ない。耐えられた結果、「胸がギューっとな」ることがなくなって来たり、泣けなかったのに「傷そのものになってただ泣く」ことができるなどの回復が起き始めた。
<H>
娘は、傷に触れ、傷を吐き出す作業を心地よいと感じている気配があります。心地よいと感じる事はとても重要なことです。それまでは嫌で逃げていた。今は、逃げないどころか、まったく反対で、心地よい。そのことが彼女が語る内容全体から感じ取れる。大きな前進だとおもいます。

<W>
次の<681>の部分でも、先導役としての母親の役割が大きいですね。
<H>
彼女が「殺すより残虐だ」と言ったら、母親は「そうかもね」。すごいですね。普通は否定や自己弁護などしてしまいますね。『そんなことはありません、私だって私なりに頑張ったのよ・・』などなど。
<W>
母親自身が苦しみ抜いて自分の傷を観て依存を抜けていきましたから。その母親の言葉ですからね。迫力はあるでしょう。
<H>
セッションで「傷そのものが自分の中から出せている」と彼女は言います。今度は彼女自身が、自分の傷を観て依存を抜けていこうとしています。
<W>
それはもう起き始めていますね。<681>の後半で、彼女は自分の傷を観て、自分を認めたことの、独特の清々(すがすが)しさが、彼女の言葉で語られています。

 

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立てる自分がいる|職場への不満と母への依存6/6|セラピーの現場から(681)

<<(680)の続き>>

<殺してくれた方が良かった><殺すより残虐>
傷に触っていたら「死んじゃいそう」と思った。初めての感じを受けた。死んでしまうかもしれないお父さんの心の傷と自分の傷も一緒だと泣いた。色んな事に触れて、怒り、悲しみの奥に狂気があって、狂気の中で怒りや悲しみになって、四方八方に引き裂かれる感じ。お母さんに「殺してくれた方が良かった」と言った。「存在を潰して半殺しにするのは、殺すより残虐だ」と言ったら「そうかもね」と母は言っていた。
存在を潰したい気持ちがあるからか職場の人を「辞めさせたんだね」と言われて思った。
狂気と自分の虐待の悲しみとか一緒になった。傷そのものが自分の中から出せている。

<両手を広げてにっこり>

そのセッションの次の日は関東でも雪が降った。早番の帰り道、駐車場を歩いていたら、向かいの家のおやじさんが車に積もった雪かきをしており、「そこはすべらないか」と不意に声を掛けられた。「はい、滑らないです」と答えた次の瞬間、私は思わず、空へ両手を広げてにっこりと笑って「もうこれ以上雪がふらないといいですね」と本当に自然に気づいたら言っていた。それは、自分が好かれるための人へのサービスではない、本当の私の心から出た、本当の気持ちの、本当の言葉だった。そのはじめての感じに自分で驚いた。
<“もうピエロにならなくていいんだよ”セッションで自立した母の後に続きたい><なぜかうれしい感じがして>
人が嫌いだ、という自分を取り繕うため、人の望むことを予想し、いいことを言っているが、内心は反発心グツグツで胸が苦しかった。いいことを言っているけど心がついてこない嘘だから疲れる。うそのシナリオを自分で書いて、読み上げていた人生だ。だから人といるのが嫌になるのだ。そんな自分だった。
そのことを思いながら坂道を降りる時も、なぜかうれしい感じがしていたら不意に、セッション中に「もうピエロにならなくていいんだよ」と声がした、という母の話を思い出した。自分の本当の気持ちを、表現していいんだよ。さっきのやり取りでそれがでてきて嬉しかった。嘘くさく肯定しあって、ベタベタくっつく。依存しあった偽の愛ではなく、お互いが自立し一人で立って、一人の人間として向き合える、そして、本当の親子になるのだ。と母親が最近言っていた。それを目指して今後も自分を深めていきたいと思っている。
<立てる自分がいる>
暗く寒くて怖い早朝を一人で職場に出かけていく、それを味わうのが怖くて嫌で仕方なかったが、本当の自分を掴んで昨日と地続きの普通の時間の流れの中にある朝として立っていられるのではないか、いや、今まで仕事を続けることで、すでにその中に立てる自分がいたのだと思っている。

<<終>>

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私もお母さんが嫌い|職場への不満と母への依存5/6|セラピーの現場から(680)

<<(679)の続き>>

<私も嫌い><一人ぽっち>
お母さんが立たされている状況も自分が立たされる状況も厳しい。お母さんからの拒否された感じ。確かに私は受け入れられていない、関心がない感じが、分かる。私も「お母さん大好き」でやって来たけど、そう言うお母さんのことを「嫌いだ」と言うところからやろうと思う。そしたら一人ぽっちになる。
<人はどうでもいい>
私は職場でまた調子が悪くなって、馬鹿な“男”だからと社長にも上司にも挨拶を無視したりしてつっけんどんにしている。強い威勢のいい女風ではあるが、実際にはこの間父の入院直前に家に来た兄とは向き合いない、でたらめな私だ。そしてお母さんのようにお調子者で身の入らない仕事をしている人にも、腹が立ってくる。怒りながら仕事している。その話を母にした。母は言った。
「上司なんて、(あなたが)会って何年もしないのに(あなたのその調子の悪さに責任があるはずもない)そんな人はどうでもいい人だ。(責任があるのは)本当は私なんだ」と。
<私も嫌いかも→胸ギューがなくなってきた>
母と言い争いになった時に「私も嫌いかも」と言った。母が私を嫌いというのを信じたくなくていたが、私もお母さんを嫌いかもと言ってしまった。お母さんがまた私を操ろうとしても見破る、お母さんが本当は嫌いだという所から始めてみようと思おう、と言ってしまった。
職場で胸が苦しくて仕事をしていたが最近はそれがなくなってきた。何かあっても冷静に考えられるようになってきている。先日も職場でちょっとした失敗をやらかした。前は自分の失敗(お母さんに嫌われていること、自分自身が肯定されていないこと、すなわち自分の正体)を隠さないといけないから、時間に追われて胸がギューっとなっていたが、それがなくなって来た。
セッションに行く日も満員電車で座れるとか座れないとかで、いつもなら胸がギューっとなるが、ならなかった。隠したいものがあったからそうなっていたのでは、と思う。
隠したいものとは?最初から一人ぽっち。お母さんを嫌いで嫌われていたこと。肯定されなかったこと。それは気が狂いそうな寂しさ、悲しさ。それら自分の中にあるもの。
<傷そのものを出せるようになって来た>
前回のセッションで初めて自分の傷に触れたような感じが忘れられなくて、また、セッションを受けた。始め、この前のようには入れない。入ろうと、職場の自分とか思い出したりした。でも、狂気の自分、怒りも何もわからないような自分に、なった。狂ったように体を動かした。お母さんと兄が組んで一緒になって私を粗末に扱った感じ。もうそこには、いいお母さんはいなかった。
ニュースで虐待の子が報道されている。その子(いらない子)が出て来て、自分にリンクして泣けて来た。虐待の方法も環境も違うが、泣きは同じだなと。お腹を蹴られているように苦しくて泣いていた。狂気の自分にも入れるようになって来たが、虐待された子の傷の感情が出て来た。人のことでリンクして泣いているが、本当に自分の中から泣きが出て来た。本当は泣きたかったのに泣けなかった。追体験して泣いている。ただ泣いている時に、傷そのものになって来た。

<<続く>>

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嫉妬や怒りでおかしく|職場への不満と母への依存4/6|セラピーの現場から(679)

<<(678)の続き>>

<またどこかへやっちゃったア>
そして次のセッションを迎えたが、(心の中がすっきりからっぽのあの感じを)またどこかへやっちゃったア・・・・。
退職した人の代わりに、すぐに新しい人が来た。でも使えない人。仕事の経験がない。できない。私の話を聞いていない。覚えが悪くて遅い。その人が仕事ができないことのしわ寄せは、すぐ私に来た。大嫌いな朝番ばかりやることになった。
<いつものようにグツグツしてくる私の嫉妬><(私と違って)愛されるということが最大の脅威>
上司はその人に変に優しくて、聞いていて私はグツグツしてきた。馬鹿でできなくても優しくされる事が最大の怒りだった。私はこんなに頑張ってるのにバカみたい!!しかし馬鹿でできなくても(私と違って)愛されるということが最大の脅威なのだった。そうしたら、完璧に出来る自分を演出することに神経を費やしている“私”の存在が無意味、になってしまう。
<嫉妬や怒りでおかしくなってくる>
私は何なんだ。焦りと嫉妬や怒りで、だんだんおかしくなってくる。ミスを多発して、自爆して疲れてきた。いつもの私の癖が出始めた。口先だけで真心のない感性の悪い社長。
適当なことばかり言い、その場しのぎで騙す嘘つきの上司。会社はまるでブラック企業。お前たちは何回私の心を踏みにじってきただろう!
待遇について騙されている、嘘をつかれているような感じがぶりかえってきて、自分が騙されているという考えに取りつかれる。
<こちらから捨ててやる>
本当の自分を生きるために馬鹿で鈍い嘘つきはこちらから捨ててやる(職場を辞めてやる)のだ。自分を欲しくて、自分を評価して、大事にしてくれる所を自分で選んでいくのだ。一日中その考えがグルグルめぐる。自分がどうしたいのかわからず四方に自分が割かれ、苦しくて収拾がつかず、会社を捨て、転職しようと思ってスマホで他の就職先を探した。
それなりの給料のところで残業は多いが福利厚生はいい。申し込んだ。出来ない人のせいで仕事が忙しくて、休みの日には暗くして寝ていて鬱になっていた。
<やることは自分を観ることでしょ、捨てるべき人は誰?バーカあかんべえ>
お母さんはお父さんのことで大変で毎日喧嘩のようだった。それでもお母さんに愚痴を言った。そうしたら言われた。
「(心の中がすっきりからっぽのあの感じから)1週間しか持たなかったね」「あなたのやることは今、自分を観ることでしょ」と。今職場を変えたら自分を見ることから遠ざかると。
職場を捨てようとして申し込んだところをこちらから断ったが、職場でその日にまた嫌なことを言われて申し込みを断ったのを後悔した。たまりかねてお母さんに昼休みに電話した。「父の入院の準備でバタバタしているときに、お母さんの気持ちが自分から離れたからと言って、気を引くために騒ぎを起こすな、いつものあんたのクセだ」といわれ、相手にされなかった。
その後メールで「捨てるべき人は誰?」「わかっているのに覚悟ができない。まず母親を捨てろ、バーカあかんべえ」と返信が来た。
<あんたを一番騙していたのはお母さんだよ><気持ち悪いから辞めろ><お母さんは一人になりたい>
一人ぽっちだなと感じた。父も母もいなくなるし、怖い。正社員とか待遇とかで、上司に騙されている、と愚痴ったら、「それはお母さんと兄だよ」と、「あんたを一番騙していたのはお母さんだよ」という。
職場で嫌なことがあるとお母さんに抱きつく、「それは気持ち悪いから辞めろ」という。
それでもお母さんに抱きつこうと絡んでいたら「お母さんは一人になりたい」と突き放された。お母さんに抱きつけば癒(いや)されると思っていたけど、お母さんが私を嫌いだというのを本気で信じていなかった。
最近、それ(お母さんが私を嫌いだということ)一つを考えた時に、「確かにそうかもね」と思えるようになった。あれほど言われているのに信じていなかった。

<<続く>>

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私の中の過剰なものの正体|職場への不満と母への依存3/6|セラピーの現場から(678)

<<(677)の続き>>

<人を許し優しくなれる>
お母さんに言われてもよく分からなかったが、ほんのちょっとだけ、寂しさのとびらを開けて出したら、確かに理屈はわからないが、人を許せる、優しくなれる感じを味わった。次の日から行った職場で・・・。嫌いだと思っている人を愛おしいと思う瞬間があって驚いた。まだまだぶれるが・・・。
<職場の人との別れが思わず心にしみる>
父親の人生、私の人生がリンクしていることが分かり泣けたことを前回セッションでやったが、職場の人とのことで同じような体験をした。
その人を、今まで私の都合のいいように、私の気分で振り回し、利用してきた。言わなくても自分の気持ちを察して都合よく動いてくれる人だった。その人に私は依存し、ひどいことをした。自分のいうことに絶対服従させてきた。右に左に操ってきた。
その人が、今回、ついに退職してしまうのだが、その寂しさもはっきりでてきた。まるで父に対してと同じような扱いをしていたな、とも思う。その人に、お別れの挨拶がちゃんとできるか心配だった。
一緒の勤務が最後の時は、まだいじけていて、自分を裏切って自分を置いて「1人だけボーナスもらってさっさと退職かよ!」と怒りながらも、寂しさもあるという私の滅茶苦茶な心の中だった。「何でアンタに!」と(矛盾した気持ちで)思いながらも、お別れの品を渡し、今までのお礼を言い別れた。その後も、すっきりしない心でいた。
<大きな花束に涙>
後日、不意にその人が職場に現れ、、私に大きな袋を渡した。見たら素晴らしい花束だった。私があげた品のお礼だといい、「今まで大変お世話になりました」というのだった。
素晴らしい花束すぎて、びっくりしていた。もらった花をじっと見ては、色んな感情が交差し、涙が、でてきた。
<お母さんと一緒に死にたい>
この花も、時間をかけて、かれていく・・・。一緒に働いている人だって、いつか離れてゆくし、親も次第に老いて、死んでしまう。本当はそこまで思ってないけど、(仮に)死んでほしいと真剣に願う嫌いな人でも老いて死んでいくのだ。
本当は弱くて一人で生きていく力のない自分が隠れ蓑にして依存している親が、弱って行くことに不安を感じ、避けて、観ないようにしてきた。
そして、自分の人生。自然の流れを止めたくて、親離れが出来ず、大人になることを拒否し、結婚もできず、産まれないまま、親にくっついて来た人生だった。男の人には全く興味がなく、お母さんが一番いい、ずっとずっとあの世でも一緒にいたいと思った。お母さんと一緒に死にたいと真剣に思っていた。
<私の中の何か過剰なものの正体>
自分が人と違う何か過剰なものがあるのは分かっていたけれど、それが何かわからず、才能か?なんて思いながら、本当の私は、こんなじゃないと、仕事の種類や、技能に捕らわれて、外側でぐるぐる、ああでもない、こうでもないと、迷って来た人生だと分かった。からっぽの自分を埋めるものを、外側に求めて探し回ってきたのが大半の人生だったと思う。
しかし、過剰なものの正体は、この間セッションで触れた傷の中にあるものなのだった・・・。
私は、今泣きながら、この事を書いているが、いつもの「こんな人生になっちゃったー」と言う泣きの涙とは違う。
<心の中がすっきりからっぽ>
きれいな花が枯れていく。人が年をとって死んでゆく。親しい人と別れてゆく。朝が来て、日がたっぷり差した暖かな日中から、夕暮れになり、暗い寒い寂しい夜が来る。貰った花を見ているだけでも、たまらない何か感情のうずきがある。
セッション後は無性に外を1人で歩いたが、(セッションで)寂しさを外へ出したら、心の中がすっきりからっぽで軽くて気持ちいい感じがした。そんな感じは初めてだった。

<<続く>>

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楽をして治ることはない、痛みを通してしか分からない|職場への不満と母への依存2/6|セラピーの現場から(677)

<<(676)の続き>>

<スピリチュアル>
仕事を辞めて旅行でもと思う。しかしこの心のままどこかに出かけても楽しいことはない。 結婚し子供を産む年齢を通り過ぎた現実も辛く、普通の人とは全く違う自分の人生、自分の空白を、埋めるものが何なのかわからない。その空白を手っ取り早く埋めたくて、のスピリチュアルだったと思う。意を決してスピリチュアルなところに行くが、変わらない自分がいるのみだった。意識で自分を抑え込もうとしてかえって、自分がおかしくなった。
<あなたも分かっているだろう>
「楽をして治ることはない、痛みを通してしか分からない」と母が言う。「あなたも分かっているだろう」と。私にとって母親は重要だ。
<父親の危機的病気にこころが揺れる>
けれど、それだけでなく、父親を見ていると、何か引っかかる。それが死ぬのと被る。自分がどうなのか説明できないが、たまらないものがある。その気持ちのままセッションを受けた。
<こころ傷に触れられた>
今まで、こころの傷というものを、人から聞いた話とか、頭で考えていたけど、お父さんのことから、死のこと・・・、良く分からないまま、バーっと感情が出て来た。

良く分からない感情だった。出て来た時、胸からこみ上げて来るもの、泣きと叫びに任せて、息が深くなって、何が悲しいとかでなくて、こみ上げて来たものが胸から出て来る。それが私の傷なのだ。自分の傷に触れた、とはじめて思った。今まで傷があるのかないのか・・・。触れきれなかった。あるじゃんと、思った。
傷からそのいろいろな感情が出て来る感じがした。ずっと赤ちゃんのように泣いている。呼吸が通る感じがして、初めて声を出しながら泣いた。流れるままに泣いた。
これが傷に触れているという感じなんだと思った。いくらでも泣いて叫んでいられそう・・・・。
<お父さんのこととリンク。苦しかったのは、こういうことだったのか>
お父さんのこととリンクしているが、いなくなって寂しいとかでなく、「死」に響いている。
自分の死につながる。お父さんの人生と自分の人生がリンクした感じ、それはずっと何もかもすべて寂しい人生という点で同じだと、セッションで感じた。
これが自分の知らない自分の空白だった。お父さんが倒れた時もいつまでも年金にしがみついて利用することを考える。お父さんって私にとってなんだったのだろうと思った。そしてお父さんという人自体について思ったが、一生懸命仕事をしていたという以外本当に何も浮かんでこなくてショックを受けた。
何も知らないのだ。自分の存在が意味がないとおもってきた。お父さんのことも・・・。お父さんも自分の体がガタガタなのに、薬いっぱい飲んで(よく)生きて来てくれたなと思う。いつも怒りっぽいのも、こころが落ち着かなかったのかなと・・・。
お父さんも愛をもらってないのに子供(私)を頑張って育てたなと、自分のセッションが深まったときに思い至った。
<自分の二重性>
残酷な自分と可哀想な自分と二重性がある。日常で怒りが強くなっているが、同時に、陰でやりたかった(本気で泣けた)ことが出て来たのだと思う。泣ける自分がいて良かった。
自分の傷、自分に触った感じが、今後も消えないようにしたいと思っている。
<狂気のような寂しさの爆発>
セッションでそれまでできなかった、自分の心の傷に触れたせいか、その後日、実生活で、すごい体験をした。
心の傷に触れた感じが続き、夜あまり眠れず早くに目が覚めるが、セッション後の余波のように自分からまだまだ出てくる色んな寂しさで涙を流したり、寂しさをひたすら感じていたり、していた。
ある日の夜は狂気のような寂しさの爆発が来て、叫び出しそうだった。が、残念、周りを気にして押さえてしまった。(セッションのときのように)そのまま爆発できれば、どんなに良かったろうかと思う。殺されるときの叫び声みたいなのが出そうだった。
以前も、今回ほどではないが、同じような激しい寂しさを味わったことがあった。その時はなかなかセッションがうまく進まず、自分にはもうできない気がして、そうして怒りが湧いてきて、(セッションを催している)アコールとも縁を切ろうとしたことがある。そのお別れのメールを書いて送った直後も、一瞬で白髪になりそうな、寂しさに襲われた。
その時以上の気が狂うほどの寂しさの叫びが自分の中にあると、今回はっきりした。そして、自分で自覚できてきた傷はまだまだまだまだ泣きたがっている・・・。

<<続く>>

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愛情が欲しいけれど生きたいと思えない|職場への不満と母への依存1/6|セラピーの現場から(676)

彼女がセッションを始めたのは職場への不満に取りつかれて身動きが取れなくなっていたためでした。背後には母親への強いあからさまな依存がありました。もともとは母親との相互依存が始まりでしたが、母親はセッションにより依存を脱出していました。
あたかも母親への満たされない思いが職場への攻撃になっているようでした。母親は依存させてくれなくなりつつあったので彼女はいよいよ孤独でしたが、その孤独に向き合わざるを得ないために、一筋の光もさしてきました。
<愛情が欲しいけれど生きたいと思えない>
愛情が欲しい。何故か分からないが泣きから始まって、お母さんの愛情が欲しいでなく、みんなの愛情が欲しいになっていて、気持ちが欲しい、関心が欲しい、好きになって欲しい、愛が欲しい。そういう気持ちに支配されていた。(お母さんは今はセッションをしたため自分の傷に気づき、ちゃんと関心を持っているが昔は)母の愛情もなくて来たから。
愛情が欲しいだけの私。それだけ。自分がない。
でも、セッションで「愛情が欲しい」とやると、本当に一杯もらったら死ぬとしか思えない。愛情を貰って死にたい。「死にたい」がある。
<型にはめて生きようとする><でも生きる資格がない>
私の中では「生きていて良い理想の人像」があって、どうしても本当の自分を無視してそこに収めようとしている。
(もともと母親に望まれず)要らなかった自分、死にそうな自分を守ろうとして、だんだん分からなくなって、型にはめて生きようとする。が、分からなくなって、生きる資格がない。生きたいと思えないのが(セッションでの)一番の泣きだった。(それは始めは)何だか分からない感情だったが出て来て良かったなと、思えた。
「生きたい」とやっても「死ね」と返って来る。「生きてはダメ、死ね」という自分に泣いた。私には生きたいというのがないのか、目標は愛情を貰って死ぬんだとなってしまう。
価値のない自分に泣けた。生きたいという価値も資格もない自分。その自分も隠そうとして見ないようにしている。うまくいかないと、頭だけで理想像に走って、(本音や感情がなく)泣けない。そんなセッションをやっていた。
<父親の危機的病気>
そうしているうち父親がトイレで倒れた。知り合いが癌の末期と聞いたショックからだった。脳梗塞だった。救急車を呼んだ。フラフラしながらも自分で歩いていたので大したことはないかと思っていたが、大手術することになった。
そもそも父は、いても、いないようなものだった。いないのは慣れている。金銭的支えはあるだろうが、心の支えでない。かえって、自分の心の空白と向き合えない父が四六時中かけているテレビの音がなくなって良かった、と感じていた。
それよりもお母さんが、病院に行くことで、疲れがあって、心配にはなった。
<自分の「惨め」さを境遇(職場)のせいにし、左右に揺れ、時間に追われて・・。>
そうするうちも相変わらず、職場のことで何回も母と喧嘩した。自分は職場を辞める、辞めないで左右に揺れて両親に愚痴を言った。そうしたら「生き死にがかかった人(父)に言うな」と母に怒られた。辞めたいなら辞めて「好きにしてくれ」と言われた。喧嘩した後、仕事に行きたくなくてじっとしていた。本気で辞めようかと思った。
でも職場に行くと、私だけ作業の「時間がない」とガガーッとやる。怒りながら作業をしている。時間に追われて胸が苦しく楽しくないまま、「急げ急げ」で1日が終わる。
<明日になるのが怖い>
最高に苦しかった時など、休日に日が沈むのを見ると、胸が苦しくなり、明日になるのが最高に怖い時があった。明日になるのが嫌だから死にたいと本気で思った。人に会いたくない。
<いい子をやって内心怒りがいっぱいで帰ってきて愚痴る>
そんな気持ちを引きずって仕事場のドアを開けた瞬間に、仕事イケイケどんどんの自分が出てきて、怒りの勢いでうれしくも楽しくもない気持ちですごい勢いで仕事をこなすが、人への敵対心を隠すようないい人、いい子をやって内心怒りがいっぱいで帰ってきて親に愚痴る。
まるで自分で自分の頭を鈍器で殴って気絶させて胡麻化しているような、嘘だらけの毎日である。仕事のせいで私は本当のなりたい自分になれないと思っていた。

<<続く>>

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怒りで本音を必死に掻き消している|セラピーの現場から(675)

<W>
671~674について、本人の了解をとって、検討してみたいと思います。671にあるように、彼女は努力を重ね大きな改善を得ました。「物凄く落ち着いている」と言います。
<H>
よく頑張ったなと思います。パニック障害に苦しむ以前の彼女を知っていますのでね。
<W>
私はセッションでどんどん進んでいく彼女しか知りません。
<H>
そうなんです。
<W>
きっかけは、「見捨てないで」というセッションを行い自分を観られたからだ、と彼女は言います。それは何を意味するとすればいいでしょうか。
<H>
674で彼女も言うようにやはり「死」でしょう。これはそこまでは彼女は言ってませんが、本当は死にたかったのだ、と私は思います。
<W>
そこは彼女の了解をとりましょう(*)。
<H>
はい。それが奥のほうに隠れている本音。それが大事です。
<W>
つまり、怒りを力に変えて生きようとするのは本音の半分に過ぎない。もう半分の本音は消し去られていた、ということですね。自分の半分を無いものとして生きてきたのだと言うことですね。
<H>
そうです。無いものとしてきた部分を少し観れたので、よくなったということでしょう。
<W>
672にあるように、「何だか分からない恐怖と戦い」、その恐怖に対して怒りで対抗しようとする。
<H>
これは苦しかったですね。苦しいけど何とか生きていこうとするための便法(べんぽう)です。それしかやれない。
<W>
切ないですね。
<H>
はい。
<W>
673についてです。「弱さや寂しさ」は受け入れられた。その範囲であれば「死」を受け入れた、ということですね。
<H>
よく受け入れられたー。受け入れが起きたことが大切。
<W>
けれども、完全な「死」は受け入れられない。
<H>
そうなんです。
<W>
「植え付けられた死・・・絶対に嫌だ。」とあります。彼女のエネルギーは細く鋭い感じがしますね。そこに葛藤(かっとう)が残ります。改善のきっかけも「死」だったけれど、残るのも死の問題だという事は分かっている感じがします。
<H>
分かっていても、苦労する、ということはあります。
<W>
彼女のやり方で進んでいくのが楽しみです。
<H>
今の段階で、よくやったね、とほめたい。
<W>
674についてです。育児放棄を子供を守ったと説明するくだりがありますね。
<H>
子供に対する死の話は、673と合わせて読むと理解できます。

<W>

母と同じように自分も子供を傷つけた。子供を「殺す想像を何回もした」、殺意があったと言います。しかし、愛する子供にそんなことはできない。すぐに罪悪感の揺り戻しが来ます。もうここでは、別の見方が強調されます。子供を肉体的に「守った」。助けたと言う事実が強調されます。

<H>

彼女は、自分の持つ2つの面を自分から語っています。認識できています。

<W>

それでも2つをまとめて一つにすることは、苦しく、切ない。

<<追加>>
(*)の部分の本人からの確認はとれました。セッションの以前の記録で確認できたそうです。今回の記事内容に対して本人からの感想が次のように届いています。
「怒りで本音を必死に掻き消しているのですね。本質をずらそうとする事が分かり、あ〜やっぱりね♬と納得感があります。」

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