368 寂しいんよ

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息子のこと。学生。長く付き合っていた彼女と別れた。その後、夜遊びが激しく朝帰りが増えた。たまに家に居る時は部屋でひたすら携帯。SNSで友達とやりとりしたり、動画を見たり。家族とのコミュニケーションが減ったなぁと私は気になっていた。
息子を最寄の駅へ迎えに行った車の中でのこと。私「なー、(あんた)最近大丈夫なん?どうしてそうなん?早く寝ないから朝起きれないし、学生じゃろ?チョロチョロ遊びまわるのほどほどにしようや。」息子「あぁもー、うるせーし、わかっとるし。」といつもの反応。でもその後に一言「寂しいんよ。」と。
息子からの意外な言葉に驚き、感心し、納得もした。そして正直に話してくれた事が嬉しかった。あっ、今なら話が出来そうだと思った。
私「どうにもならない寂しさがあるんよな。その通りだと思う。私にもある。誰かと居たり遊んでいたら、確かに、その時は紛らわすことは出来るかもしれんけど、その寂しさは無くなりはせんよな。〇〇(息子の名前)の中にあるものだから、それはお母さんやお父さんが〇〇に与えてしまったものなんだよ。まぁ、特にお母さんなんだけど。」息子「うん、そう。どうにもならんのよなぁ。」
具体的な話はできなかったけど、寂しさを少し共有出来たかなぁと思う。またのチャンスに話を聞いて貰おうと思う。

 

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367 母との同一化とそのための死ぬような苦しみからの脱出

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ベビーブレスをした。お母さんの気持ちが自分にまとわりつくのが嫌。お母さんは、私に、「泣かないで良い子にして」欲しいという。それに嫌だと言っていた。お母さんの気持ちを自分の気持ちのように受ける状態にいたのに、お母さんと私は一体だったのに「どうしてやっちゃダメなの、どうして泣いちゃダメなの」と私。ワッと怒りが出た。全部お母さんが作ってきて(勝手に産んで)私はいない。私は母に飲み込まれ一体化してしまっている。
お母さんと私が一体になって、私自身を殺そうとしている。死んで欲しいと思ってる。無感情のまま思っている。苦しむ自分。自分はほとんど死んでしまったかのようだ。しかし、殺そうとした私が「この人たちは本当には殺せないし愛せないよ。何もできないよ」と言う。泣いた。凄く納得した。ぴったりきた。

 

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366 不思議な話ですが

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片付けたり料理を作ったり、以前は苦痛でしかなかったことを少しずつですが出来るようになりました。母に怒られることよりも、自分の気持ち(空腹や清潔)を優先出来るようになりました。ブレスを始める前は、母が作らないとご飯がでてこない!と思い込んでいました。不思議な話ですが。
母と喧嘩をしました。以前はババァ死ね!としか思わなかったのですが、今は、子供のままでいるしかない人なんだな。可愛そうだなと。腹は立ちますが殺意はないです。
死のセッションを始めてから死にたいと思うことが少なくなりました。今日は死んで明日生まれ変わればいいじゃない、と。実際に死ななくても、仮想世界で死ねば充分だなと思いました。お陰で気が楽です。

 

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365 幼い子供は本質を観抜いている

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子殺しはいろいろな動物で確認されている。ゴリラやライオンの群れではボス(オス)が交代するときに、その新しいボスが古いボス(オス)の子供を殺す。そのときに、子供の親であるメスは、ほとんど抵抗しない。少しでも優秀な遺伝子を残すための群れとしての掟(おきて)とも考えられる。
ゴリラと同じ霊長類の人間もそのような子殺しと無縁というわけにはいかない。朝日新聞デジタルで配給された[「バイバイ」笑顔の幼子、母は橋から落とした]とする記事では、交際相手の男性の不機嫌になっていく様子を見て、女性は、自分の元夫との子供である3歳の女の子を自ら殺した。
話しは少し違う。女の子の側のこと。記事は、殺される瞬間の女の子の様子を伝える。女性は橋の欄干の上に女の子を立たせた。車が通るので3度ためらった。そして[娘を抱く手を伸ばし、宙に浮く状態にしてみた。川面からの高さは4メートル以上。娘はにこっと笑い、突然こう言ったという。「バイバイ」。手を離した。ドボンという音が聞こえた]
幼い子供はものごとの本質をよく観ぬいている。言葉をあまり知らないためか、言葉ではごまかされない。親の雰囲気や態度から状況を察知する。私たちは幼い子供でもあった。幼い子供を育てる親でもある。幼い子供は本質を観ぬいていることを忘れるわけにはいかない。
本質を観るがゆえに、辛すぎて耐えられず、こころの病気にもなる。記憶も消す。人生を台無しにする。一方で、記憶を取り戻し、認識し、受け入れることで、人生を取り戻す。この世というものを理解する。強い人間性を取り戻す。

 

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364 わかった事が喜びになり嗚咽した

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ベビーブレス。呼吸を意識すると寂しさが出てきた。泣いて母を求める。一、二才の赤ちゃんの自分。泣いても一人ぼっち。お母さんと言ってみる。自分で自分を抱いて慰める。再度呼吸をすると母やミルクをくれた祖母が出てきた。私の存在が鼻についている。目障りで嫌われている感じ。

怒りが湧いた。産まれたくなかった。それを、せっかく産まれて来てやったのになんでだ!なんでだ!愛されない事をそんなに簡単に諦めきれるか!諦めきれるか!と怒り。それでも求め続ける諦めない自分が凄いと思いながら、自分の気持ちに圧倒されながら 、怒りながら求め続けた。諦めない自分に満足だった。

イメージで再婚相手の連れ子のGとダンスをした。Gも私もお互い気を使って生活している。でも、このときはダンスができた。

突然 、産んでない子、私のGに対する気持ちと、母の私に対する気持ちが、同じだったとわかった。母は私を産でいるのに同じようによその子と同じ気持ちだった事がわかった。

私はそこまで愛されていなかったのかと。愕然(がくぜん)としながらもわかった事が喜びになり嗚咽(おえつ)した。ダンスはそれから更に自由にやれた。

 

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363 大好きだから恨んでいた

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いやなことは寝て忘れろと言われて育ち、それを実践して、生きてきた。昔の記憶を思い出すようにと言われても、暗闇しか思い出せなかった。それが、セッションを重ね少しずつ思い出せるようになってきた。
気立ての良い美人の姉が、小さい時に病死した。姉の代わりにお前がそうなれば良かったと言われ続けた。子供として親に全然相手にしてもらえなかった。
最近も思い出した記憶がある。家の戸口に人買いが2人立った。知らないおばさんとおじさん。怖くてコタツの中にずっと隠れていた。よそにやられる。コタツから出るとやられてしまう。なんでも言うこと聞くから連れて行かないでくれと。連れて行かれる恐怖。 母に助けを求めても無表情で手も出さない。能面のような感じ。だから母親は大嫌いだった。コタツの足につかまっていた。コタツの中でも一生懸命すれば身を助けてもらえる。(思えば、ちっちゃい時からコタツにもぐっていた。何年もやっていた。コタツにこだわっていた。)
なんで私?。弱っちい子だと人買いの役に立たないから。元気な子でないと働き手にならない。母は、口減らしにやりたいから黙っている。子供はよく食べるし・・・。だから母親は大嫌いだった。その母親への恨みを精一杯出した。半狂乱でお母ちゃんと叫んだ。
そしたら、母が切なくて泣いた。(子供をやってしまわなければならない)母の辛さが分かった。事情がわかってきたら泣けた。母を大好きだったという思いが出た。勝手に恨んでいたが、恨みの裏の大好きが出た。大好きだから恨んでいた。大好きな母のイメージ。涙がいっぱい出た。
真っ暗な中に光を求めて歩くイメージが出た。以前も暗闇のイメージが出ていたが、なんだか分からなくてフワフワしていた。着地すれば楽なのに・・。今回やっと着地できた。「母が好き」が出てきた。歩き出した。前は歩けなかったが今回は歩けた。何も見えずに、ひたすら泣きながら歩いていた。いくら歩いても光は見出せない。暗闇は怖いからただ泣きながらずっと。声を出す元気もなく涙を流しながら歩いていた。
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362 おっとりとした感じが自分にしっくりくる

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セミナーから帰ってからの気づきについて
ふと電車に乗っている時に、私は今まで何かと戦って生きてきたなと思いました。集団セッションをするときも、誰よりも怒り、誰よりも悲しみ、誰よりも成果を上げねばならないと躍起になっていました。自分のことを解決するためにセミナーに行っているはずなのに、誰かに評価されることを優先していたのです。普通に生活していたら、誰かと戦ったりする必要もないのに、なぜ誰かに勝つことばかり考えていたんだろう?それは、母に本当の意味で認めてもらってないからだろうな、と思います。
今のところはセミナーのときほどではないですが、結構のんびりしています。おっとりとも言いますか。そっちの方がしっくりくるし、本来の自分なのかなぁと思います。昔は、よく所作が遅くて母に怒られていました。幼稚園の時は、他の子供よりも行動が遅かったので先生を含めてクラスの殆どの子にいじめられていました。怒られたくない、母に認められたい!と思い所作を早く(それでもほかの人よりも少し遅いくらいですが)、焦って生きてきたのが、辛い原因の一つでもあるのかなぁと思います。日常生活に支障が出ない程度にのんびりやります。そちらのほうが穏やかですし、気が楽です。

 

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361 職場の上司に嫌な奴が・・

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職場でトラブルがおきた。職場の上司に嫌な奴が居る。とても耐えられないほど嫌。実はそれは、嫌いな母親の親戚関係が自分の心に影響したものだったということがわかった。
セッションで母親への恨みを扱った。恨みが十分に出た。小さい頃に母親から支配されていた。操り人形じゃない。お前のせいでこうなった。どうしてくれるんだ、人生返せと。母親をやっつけた。
今度は情けない自分が出てきた。情けない。初めてだった。自分をやっつけた。しかし母親よりしぶとい。何としてもやっつけたい。生まれて来なきゃ良かったのにと自己否定した。でもこんな奴決別したい、こんな自分なんかいらない、消えてしまえ。そのうち駄々こねて、やだやだと夢中でやった。こんな人生もういや、いらない、母親も親戚もいらない、消えて仕舞えばいい。バタバタしながらやっていた。
悲しみが出てきて、泣いてしまった。なんで泣いているか自分でも分からなかった。なぜかなと思った。少し心地よい気分になった。人は自分で生きるんだと思った。自分の足で歩くんだと思った。素晴らしいことだと気付いた。
そして次のセッションでは、母親の良いところも思い出した。意外だった。自分は母親に愛情深く扱われたこともあった。そのことを思い出した。自分は小学校のとき病弱でよく休んでいた。学校は行く気にもならず好きでもなかった。理由をつけて行きたくなかった。喉が痛いなら休め、咳が出るなら寝ていなさいと、母は自分のことを匿(かくま)ってくれた。
母親への恨みが消えたわけでは決してない。しかし母親の全体が見えた気がした。生きる元気が出た。

 

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360 新しく気づいた肯定的な感情

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3日間のセミナーお世話になり、ありがとうございました。今、バスの中で今回のセッションの送ってもらった記録を読み、気付いたことや感じたことを自分でノートに書いてみました。母に対する新しく気づいた肯定的な感情やそのときの想いが今の自分の感じ方の基礎になっていることに気付きました。大きな発見をすることができました。この思いを生かし、今後に生かしていきたいです。ベビーブレスや寸劇を行い、みんなで話し合うのは、どこにもない素晴らしい良さがあり、新たな発見や元気を取り戻すことができます。また伺います。

 

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359 そのことがわかって嬉しかった

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子供の頃、自分の容姿のことで親や姉妹からひどい差別を受けてきた。諦めることで乗り越えてきた。子供は義務感で育てた。「ねばならない」で育てた。その子供に問題がおきてきた。セッションを受けると、縮こまって、咳がでて、体が冷たくなる反応がでた。その反応の正体はなにか。自分の存在をなくして生きてきた。そのことがわかって嬉しかった。諦めは宝じゃないかと思った。
でも心の奥底では本当には諦めきれず、求めていることに気がついた。認められたかったんだと。そうしたら経験のない程心臓がバクバクして来た。悲しい感情が出た。その次には怒りが出せるようになった。爆発するような怒りも出た。悲しい感情や怒りの感情が出せるようになって自分を回復し始めている。今まで諦めていた自分に対する愛おしさがあった。
まだまだ自分の気持ちを素直に言えない部分がある。十分に言えるようになれば、そうしたら、母をせるようになれるのかな、と思う。

 

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358 セミナーから帰って要らない服を捨てた

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セミナーから帰ってきてから、すぐに要らない服をゴミ袋2つ分捨てました。前は「いつか使えるかもしれない」と思い捨てられなかったのですが、あっさりと捨てられました。いい意味で、物への執着が少なくなった気がします。必要なものと不要なものの区別が少しですがついてきた気がします。
ただ、母の好み(自分が同化していた)から自分の好みに移行している時期だからか、服や靴は買ってしまいます。母の好みに合わせて買っていたものがしっくり来なくなってしまって。母の好みで買った服や靴は捨てるなり売るなりして、自分の好みで買ったものは残そうと思います。
私は片づけられないダメな人間だ!と思い込んでいたので、あっさり服を捨てたり本を片づけられたときは、正直驚きました。これから少しずつ片づけることに慣れていこうと思います。
他にも(変化は)あるのですが、そこまで重要ではないのでまたメールします。

 

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357 弱気な私で家庭は平和

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大きな気づきがあった。今まで気づかないでいたことに気づいた。その気づきがあまりに惨めで、言葉にできない。表現できない。ただ押し黙るしかできない。辛すぎて、認めることができない。プライドが許さない。
思えば、今まで私は、気丈(きじょう)に振舞って生きてきた。惨めを蹴散らして生きてきた。あまりに寂しいと死んでしまう。だから突っ張ってしまう。意地を張ってきた。気づかずに、無しにしてきた。無いから、怖いすらない。自分でわからなくしてしまう。
いつも気丈な私が、弱気になって、1日ため息をついていている。でも、頑張らなくていい。気を張らなくていい。凹(へこ)んでいて、すかっといい気持ちではなかったが、楽だったかもしれない。私は、家庭では静かな存在になってしまった。おかげで家の中が穏やかになり、家族は助かるかもしれない。この辛さを隠して気丈でいることで、人生のトラブルが起きていたとも考えられる。
でも私は、この辛さに耐えられるのか。人生で初めて向き合うような辛さ。

 

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356 怒りは嘘のように消える その3

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その2では、物凄い怒りを誘発している恐怖の在りどころを①~④に分けてみたが、そのように人それぞれに状況が違う。状況を見てみる。
①怒りを満足させるほどに怒り、怒りの底が表われるとき、その途中で恐怖が出現した人は、怒りを出してはいけないという禁止があり、禁止の理由は、恐怖を抑え込むことにあった。今は抑え込みはなくなった。②怒りを外側に出さずに、内側で味わうことで恐怖に向き合えた人は、怒りを外側へ排出することで、怒りの原因は外側にあるとし、内側から目をそらす努力をしてきた。しかし、内側にこそ怒りの原因があり、原因としての恐怖があることを発見した。③怒りを、憎らしいへ母親へではなく、あなたを愛した母親へ向けることで、恐怖に向き合えた人は、メラニー・クライン的な統合が起きた。④怒りをあなた自身の生命に向けてみることで恐怖に向き合えた人は、恐怖の本質的な意味を体感し理解した。

 

 

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355 郵便局で出会ったおばあちゃん万歳

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先日郵便局で順番を待っている時、初対面のおばあちゃんが椅子に座っていた。80歳はとうに過ぎていると思われる。それとは別に、小さな女の子が若いママと入ってきた。空いている席に座ろうとトコトコ歩いてきた。ママ座ろう!と誘っている。ママは郵便物を出していた。私はその女の子に「いくつ?」と聞くと指を2本だした。色々話した。そのおばあちゃんも「可愛いね〜」と会話に乗ってきた。女の子は用事を済ませたママとバイバイして帰って行った。
おばあちゃんが窓口に呼ばれた。その姿は背中が随分丸く、まるでお辞儀をしているようだった。郵便局まで来るんだから元気なんだなと感心していた。そのうち私の番も来て用事が終わって外に出た。
そしたら、その腰を屈めたおばあちゃんが何とヘルメットを被っているではないか。ヘルメット!?スクーターに乗ろうとしている。驚いて思わず声をかけた。「えーバイク乗るの!」「そうなのよ」「凄い!車でないんですね」「車は面倒よ、これはね、どこまでも行けるしどこにでも停まれるので便利よ」なるほど…「危なくないですか?」「無事故無違反よ。隠居しなきゃならない歳なのにね、まだ仕事もしてるの」「えェ‼︎」(バリバリの現役か・・・!)と2度ビックリ。彼女は右の方向指示器を出しながらバイクを走らせ道路に出た。ホントに走った!私は呆然とバイクを追いかけ目が離せない。ヒエ〜カッコイイ❗️。
次の信号機まで方向指示器は出しっぱなしだった。でも背中がシャンとしていた!。元気な高齢者に興奮した。

 

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354 日本人の美しさ

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司馬遼太郎は日本人の美しさは滅私奉公にあるという。武士に代表される。東日本大地震の時に被災者たちは水や食料を受け取るために黙々と行列した。こんなことは外国では考えられないらしい。外国では、無政府状態になり、略奪や暴行が横行する。それが当たり前という。ドナルド・キーンは、その行列を見て、日本人の心の美しさに惚(ほ)れ直し、日本に帰化した。
さて、滅私奉公は、「公(おおやけ)」の美しさをつくる一方で、「私(わたくし)」の内には大きな傷をつくる。そんな時代が長い間続いた。自由な恋愛は為しがたく、好きな人の子供を産むことができない。親の決めた結婚をした。女性は夫の家に嫁入りする。舅(しゅうと)姑(しゅうとめ)の気に入るような生き方を強いられる。女性残酷物語。「私」は殺され、子供への自然な愛情は湧きにくく妨げられる。そのようにして、愛情不足で育った子供は、心に傷を抱えたまま大人になり、また、同じような生き方を強いられる。そうして、さらに愛情不足の子供を産む。世代間伝達。心の傷が親から子へ強化されて伝達される。
そして多くの世代を経ると、心の傷が強化、固定化され、心の中は「公」の意識が肥大し、「私」の意識が委縮し尽くす。心はいつも何か窮屈(きゅうくつ)で、しかし、ダメなものはダメと世間体が優先され、本音を尋ねられても良くわからない。
やがて窮屈な心がトラブルを得て、カウンセリングなどを受けると、心の傷を見ることになり、背後には母親の傷を見ることになり、その背後には祖母の心の傷を見ることになる。心の傷の世代間伝達が現れてくる。

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353 セッションにおいて感情が出やすい女性は有利か不利か

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セッションで感情を取り戻すことは、自分を取り戻すことの近道である。一般的に、男性は感情が出にくく怒りにくい。女性は感情が出やすく怒りやすい。
その理由。男は大きな体力を持っているので、本気で怒ると、相手を殺傷するかも知れない。怒りを抑えることを動物的に心得る。聞いた話だと、ライオンや犬などの肉食獣は、鋭い牙をもっているので、仲間内で本気で噛み合うことは少ない。仲間を殺さないように自然にブレーキがかかる。逆に、羚羊(れいよう)などの草食獣は、ブレーキがなく、発情期に頭突きなどで仲間を殺してしまうことがあるらしい。同じように、女性は体力が小さいので、本気で怒っても、相手を大きく傷つける事はない。せいぜい顔面にひっかき傷をつけるくらい。本気の怒りを抑える必要がない。そのことから感情も出すやすいのかもしれない。社会的にも男の子は(女の子とは違うのだから)メソメソ泣いてはいけませんなどと言う超自我もある。
そういうことで、セッションを行うときに、感情のでやすい女性は有利である。自分の本当の気持ちをすぐに出しやすい。正直になりやすい。男はそうはいかない。この点は女性は有利である。
ところがセッションが進むと逆もある。セッションが深まり、いよいよと言うところで、女性は肝心のところに行けない。自分の大きなエネルギーが目の前にあり、そのエネルギーで肝心なところを突破していけば良いのだが、そのエネルギーを無駄に感情へ流してしまう。悲しみや怒りの感情へ流してしまう。エネルギーを流す流路が感情の方向へ大きくできてしまっている。だから肝心なところいけない。その点は不利である。
山から流れてきたきれいな水を、せっかく田畑へ流して豊かな実りを期待できるところ、やすやすと排水管の中に流し込んでしまうようなもの。もったいない話である。

 

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352 我慢しなくていいよ。思いのまま生きていいよ。

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セッションでは自分が駄々っ子になることを続けてきて、このごろ実生活では調子がいい。この調子の良さを受け継ぐように、ベビーブレスでは次の段階へ進むのかもしれないと思うことが出てきた。
自分は母のお腹にいる。もうすぐ仕事が始まるという不安を抱いて怖そうにしている。背中が冷たくなり怖い怖いとずっと言っていた。(*この不安恐怖の背後には、生後すぐに長い間保育器に入れられ両親は仕事の都合で会いに来ることも少なかったという経験がある。)そうしたらタオルが不安を抱く小さい自分になっていて、それを大丈夫、大丈夫ともう一人の今の自分が慰めている。ひたすら頭を撫でている。ほっとしている。小さい自分も今の自分も二人とも安心している。心地良い。一緒に横になったりしていた。ずっと続けていた。
途中、保育器から救いあげている感じもあった。大丈夫、大丈夫と言いながら…。「大丈夫、大丈夫」は何だろう、我慢しなくて良いよ、思いのまま生きても良いよと、言っているよう。時々自分が(今は大きな大人なのに)小学生になったよう、それ以上は上に行かない。(乳幼児期・子供時代を)取り戻している、やり直しているよう。
はじめの時は冷たかったが「大丈夫、大丈夫」と言っていたら抱っこしている自分が温かくて体温がでてきた。

 

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怒りは嘘のように消える その2

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物凄い怒りの奥には、実は恐怖が隠れていることがあり、その恐怖と向き合うとき、怒りは嘘のように消える。では、セッションの中で、どのようにすれば向き合うことができるのか。①怒りを満足させること。怒りにブレーキをかけずに、怒りを存分に出すことができ、怒りの底が表われるとき、底に恐怖が出現する。②それでも十分でないときには、怒りを外側に出さずに、怒りを感じつつ、内側で味わうこと。③それでも満足しないとき、怒りが母親へのものであることが分かっている時には、憎らしいへ母親へではなく、たとえ一時でもあなたを愛した母親へ向けること。④それでも納得しないときには、怒りをあなた自身に向けてみる。あなたの生命に向けてみる。①~④のどれかで怒りが消えれば、そこがあなたの要点だったと考えられる。

 

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食べていたら嬉しいな

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アコールの研修施設の横の森の中に大きな栗の木がある。山栗。たくさん実(みの)っている。今年は栗の豊作らしい。拾いに行ってみた。栗の殻はたくさんあるのに、中身は少ない。かわりに獣の足跡。多分、猪(いのしし)。柔らかい泥の地面に、丸い浅い大きな穴があった。穴の縁にしゃがんでいると、ツンと獣の匂いがした。猪が寝て泥浴びしたのかもしれない。
猪より小さな獣が食べた形跡もあった。私たち人間が栗を拾う前に、獣たちが食事をした気配があった。獣たちの大切な餌場だ。そう思うと獣の気配を強く感じた。獣たちに悪いと思った。拾った栗をその場に置いてきた。木の枝で囲んで置いてきた。次に来てみて、食べていたら嬉しいな。

 

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351 怒りは嘘のように消える

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テレビで[シーザーミランの愛犬レスキュー]をよく見る。犬の心が分かって面白い。飼い主は、凶暴な飼い犬を何とかして欲しいと思う。シーザーは言う。「問題は犬を分からないあなたで、この犬は実は臆病なくらいです。」テレビでは実際に犬は臆病なほどおとなしい状態に戻る。人をも噛み殺しかねない凶暴さを発揮している犬が、実は臆病だったというのは、身につまされる。私たちもそう。物凄い怒りの奥には、実は恐怖が隠れていることがある。その恐怖と向き合うとき、怒りは嘘のように消える。

 

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350 努力なしでできている

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セッションでは小さい子供の駄々っ子をやっている。それを自分でぐにゃぐにゃと呼んでいる。駄々っ子のように体をぐにゃぐにゃするから。そのぐにゃぐにゃを続けていたら、最近、努力なしで良いことが起きてきた。
まず、自分がピリピリしない。今まではピリピリしてきたなあと思い出しながら生活している。とにかく楽。良いのかなと思っているほど。こんなに緩くていいのかと。あまり調子が良くて、いつか、元に戻ったらどうしようと心配になるほど。
以前は人間関係で、職場の部下が失敗はしないかと気にするばかりだったが、実は、他の人から、自分の方が気にしてもらっていることに気が付くことが多い。自分が気にしていたので、自分を気にしてもらえていたのが分からなかったのかもしれない。くすぐったいけど嬉しい。
そして、自分がいつの間にか自然に人のいいところに目が行き、それに声をかけて、その人が嬉しそうにするのに気が付く。褒めて育てることが大切と理屈では知っているが、今まで、やろうとしても難しかった。今、努力なしでできる。

 

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349 そうすれば、どんなに心が楽になるだろう。その2

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子育てがうまくいかない。自分自身が良好な子育てとは縁がなかったことに気が付く。隠れていた母への恨みが出る。それなりに色々な改善が起きる。しかし恨んでも恨んでも足りない。母は分からない人。分かろうともしない人。大きな壁。私たちの突き当たる壁。さあ、壁の前で立ち往生している私たち自身は、十分に正直か。母の問題と自分の問題がすり替わっていないか。壁にひっかかっていれば、その先に行かなくて済むからではないか。十分に自分を観られているだろうか。心を透明にして内側を観る。

 

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348 幼い女の子の散歩:その2

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幼い女の子の散歩:その2
目的の公園はすぐそこに見えている。デモ、延々ト、モノゴトハ起キル。遠くから犬の散歩が近づいてきた。「ワンワン!」じっと見る。白い大きな二頭の犬。彼女より背が高い。だんだん近づき横を通り遠ざかる。その間、口をあけてじーーと見る。まるで動物園から大きな白いインド象が逃げてきたのを見ている感じ。
公園に着いた。子供たちが遊んでいる。じーーっと見る。(イッショニ、アソベルカナ?チョット、ムリネ)あきらめて、滑り台の方に向かう。途中、植木の繁みの入り口があった。入口に立つ。ハイッテミタイ。でも、茂みの中は暗い。スコシ、コワイ。入り口から中を覗(のぞ)いたまま。長い間、迷った。ぎりぎりで勇気は出なかった。やっぱり滑り台へ向かう。台は雨で濡れていた。ハンカチで拭いた。彼女は何度も何度も滑った。興味は次から次に移った。次々と遊んだ。・・・・。
やがて公園から帰る。住宅地の中を通る。まっすぐな広い道で車や人がほとんど通らないので安全。すると彼女は突然走り始めた。叫んでいる。髪がなびく。エネルギーが彼女の中で爆発している。最後のフィナーレだ。私も一緒に走った。道はその先で大きなバス通りとT字になる。「はい、そこまで!」私は叫んだが止まる気配がない。「ほんとにそこまで!」彼女は私の声など無視して走る。バス通りに入る瞬間、走りながら彼女を抱きあげた。すぐそこにバスが来ていた。バスの運転手と目が会った。
また彼女と手をつないで歩いた。彼女は静かだった。冒険が終わった時に子供が出す堂々とした雰囲気をしていた

 

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347 これこそがそれ

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生を受けたときから愛されなかった。産みの親から愛されなかった。この世から存在を拒否された感じがした。あまりに辛すぎた。そのことは忘れるようになった。思い出さなくなった。閉じた。代わりに頑張った。とにかく努力した。勉強か仕事か、自分ができるものに、持てる力の全部を投入した。なぜそんなに頑張るのかと言われても、分からなかった。今思えば、まるで、この世に存在していてもいいという許可を手に入れるための業(わざ)のようだった。
しかし歯車は狂っていた。人間性をだんだん失っていった。幸せな人生は手に入らない。トラブルの連続になった。追いつめられるようになった。何がまずかったのだろう。自分のどこがいけないのか。自分探しをするようになった。
ベビーブレスを開始した。自分の中で凍っていた感情が少しずつ解け出してきた。昔の記憶も少しずつ戻った。愛されなかった悲しみや怒りを認識でき表現できるようになった。改善が起き自分の人生を取り戻している実感があった。
でも何かが足りない感じがした。何か突破できないものがある感じがした。産みの親の愛情が欲しかった。恨んでも恨みきれない。望んでも永久に手に入らない。でも望みは捨てられそうにはない。挟み撃ちに合う。堂々巡り(めぐり)になる。愛されないことで得た死を受け入れることはできない。死と対峙(たいじ)する勇気がない。
あるベビーブレスの中で何かがわかった。はじけた。これだ。そしてエネルギーが溢れ、体中が熱くなった。そうだったんだ。望む気持ちは一切変わらない。ますます激しい。これこそがそれ。親に愛する能力はない。それは構わない。手に入らないものは手に入らない。もう欲しくはない。手に入らずに死があるとすれば死の深みこそ自分のもの。命は母親にくれてやろう。望む気持ちこそは命にも代えがたい宝。誰も汚(けが)せえない。自分を形作るエネルギー。永遠に消えない、かけがえのないもの。この気持に母親はいらない。対象はない。いいえ、この世全体が対象、宇宙全体が対象。宇宙は自分。自分は宇宙。

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346 ある精神科医がカウンセリングを受けた

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例えば、宿題をちゃっちゃと終わらせて遊びに行きたい子供に、親が宿題の手伝いを頼まれる。そのとき親は、子供が自力で解けるようになるよう、問題の解き方、考え方を教えようとする。正解だけ教えるのは変。意味がない。ほとんどの人はそう思う。
さて、ある精神科医が、あるセラピストにカウンセリングを受けた。その医者には子供がいて親(医者)の言うことを聞かず食事をとらない。セラピストは助言した。子供の分の食事もきちんと作りなさい。食べそうになくても作りなさい。食べなかったら黙ってその食事を下げなさい。そして同じように次の食事もきちんと作って出してあげなさい。それを繰り返しなさい。医者はその通りにした。子供はそのうち黙って食べ始めた。医者は言った。誰も、どんな教官医師も、私にそんなことを教えてくれなかったと。
これは変。カウンセラーは本を読んで医者に伝えたわけではない。そのカウンセラーは自分の感覚で子供の気持ちを感じ取ることができる。食事を拒否しても繰り返して黙って食事を作ってくれる親に愛情を感じる。その愛情が子供の心を徐々に開いた。その感じるということがその医者にはわからない。教科書を読み直す。文献を探す。論文を読みあさる。でも子供の心を自分で感じる力がない。自分で問題を解く力がない。Baby ブレスをしたことがない。いつも誰かに正解を教えて欲しい。ちゃっちゃと終わらせたい。
誰かに教えてもらった知識やテクニックに頼っていると、すぐに子供に見抜かれて、もっと手ひどい拒否を喰らう。

 

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345 そうすれば、どんなに心が楽になるだろう。

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子育てがうまくいかない。セッションを受ける。自分自身が良好な子育てとは縁がなかったことに気が付く。隠れていた母への恨みが出る。それなりに色々な改善が起きる。しかし恨んでも恨んでも足りない。母は分からない人。大きな壁。絶望的な壁。
私たちの突き当たる壁。この人もけっして幸せな成育歴は持っていない。私よりひどい。それは分かる。でも、そのことを、この人は分かろうともしない。この人そのものが問題。この人さえしっかりすれば。この人さえ、私の苦しみを理解してくれれば。一言こころからの詫(わ)びがあれば。ほんの一瞬でも真の和解があれば。そうすれば、どんなに救われるだろう。どんなに心が楽になるだろう。どんなに夜をぐっすり眠れるだろう。

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344 幼い女の子の散歩:小さな蟻に「アー!」

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2歳1か月の女の子。無口。ちょっとの時間、その子の子守を頼まれた。彼女とは初めて二人っきりになる。つい最近まで私は極端に怖がられていた。スマホの電話で、私の顔をライブ動画で見せると、逃げた。彼女には、私が子守にならなければならない事を話した。表情からは、やや分かってもらえたのかもしれない。でも、どんな感じになるのか神のみぞ知る。
どうして時間をつぶそうか。とりあえず、手をつないで屋外に出た。雨上がり。小さな水たまりがあちこちにできている。小さな足が、まるで大きな湖のように水たまりを迂回する。私は一緒に動くだけ。彼女の動きが生き生きとしている。楽しんでいる。いい感じ。うまくいくかもしれない感じが伝わってくる。
おやつを買って、それから公園に行こう。その方針を彼女につげた。分かってもらえたかどうか不明。ところがコンビニの前まで来ると、彼女は私の手を引っ張って、自分から店の中に入った。しっかり分かっている。買い物かごは彼女が持った。かごの方が彼女より大きい。山ほどの他の食べ物に見向きもせず、矢のように、あるお菓子のところに行って、そのお菓子をかごに入れた。彼女は重いアレルギーを持っている。だいじょうぶかなあ。「いつも食べてるの?」ウンとうなずいた。どうかなーうーん神様。彼女は、そのお菓子が一つだけぽつんと入ったかごを、私へ突き出して一言「ジージ!」。(ワタクシハ、エランダノデ、ツギハ、ジージヨ、オマエガエラビナサイ。)私はお茶とバナナを選んだ。彼女も食べられる。
店を出ると買い物の袋は彼女が持った。あんまり袋が大きいので、ほとんど不可能に見える。しかし、彼女は毅然(きぜん)として袋をもち上げて歩く。(ジャマスルト、ユルサナイヨ。)
数歩も歩かないうちに「アー!」と大きな声を上げる。何ごとかと思うと、歩道の端に小さな蟻。イキテイル。ウゴク。スバシッコイ。クロイ目ガ、コチラヲ見ル。その蟻と長い間遊ぶ。私は、彼女に覆いかぶさるようにして、歩道を疾走する自転車や歩行者から守る役目。また数歩も歩かないうちに「アー!」。今度は歩道の端に枯葉。大人の目からはただのありふれた枯葉。彼女には、スバラシイ、キレイ、タカラモノ。また数歩で「アー!」。その枯葉はさっきの枯葉と同じに見える。デモ形ガ色ガ全然チガウ。10メートル進むのに10分かかる。フシギノ世界。ライブショウ。ホンモノノ自然!。

続く

 

 

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343 勇気のようなその感覚を身に着けて

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ブログでいろいろな実例を掲載させていただく。しかし、いつも心配がある。その実例の中から自分に一番近い実例を探すようになるのではないかと。その一番近い実例に自分をはめ込み、頼るようになるのではないかと。一番近い実例ではあっても、それはけっして自分とは同じでない。最後の最後ですれ違うかもしれない。逃がす口実になるかもしれない。
そうではなく、いろいろな実例に共通するある感覚を身に着けて欲しい。勇気のようなその感覚。その感覚こそが役に立つ。頼るのは、あくまで自分自身の納得。自分自身の感性。自分自身の本当に望むもの、正直さ。

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342 エネルギーが湧いて太陽を抱いた

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私は自分の気持ちをうまく言葉にできない。原因を探っている。下の兄弟が生まれたのが私が1歳7ヶ月で、そのときに「ちゃんとする、良い子でいる」とか決めたんじゃないかと想う。母の言うこと聞いたら良い子、聞かないと悪い子だった気がする。でも本当には、いまだに、納得はいかない。T(自分の子供、自分よりもヤンチャに育っている)が自由にするのを本当には許せない感じが今も少し残る。
ベビーブレスをした。死のイメージが出てくる。今回もそう。
呼吸をして、苦しいという言葉がでてきた。苦しい、苦しいと。肩が痛くなって、イタイイタイ、泣きがながら痛いと叫んだ。痛みが取れてきた。
そのまま土に溶け込む感じで死んで(ここまでは、前回も同じ)このまま居てみようと土と一体化していった。楽しくなってきて、踊り始めた。凄い自由な感じ。踊って、歌って、自由。Tを見て踊っているよう。言葉にでないがリズムに乗っている。手足を動かしながら踊ったまま呼吸をした。疲れない。体中からエネルギーが湧いてきて叫んでいた。どんどん叫んでいると大きな輪っかを抱いているようになって、叫びながら涙を流して、「大丈夫だよ」と言っている。太陽(大きな輪っか)を自分が支えているような感じ。熱くて熱くて・・・。
気持ち良かった。左の鼻が詰まっていたが通った。死のところにいくと良い気がする。そうでないとずれている気がする。Tが何が言いたいかが分からなくなる。

 

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341 「太陽のめざめ」その2

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先日「太陽のめざめ」という映画の話をした。最後はハッピーエンドを予感させる終わり方だが、実際の話ならば、そうはならないだろう、描き方が不足だと話した。
しかし、感心する描写もあった。主人公の札付き不良少年には、更生させるために、裁判所から教育係が付けられる。この教育係の男も昔は少年と同じ不良だった。今は立ち直って教育係になっている。しかし、少年から憎悪に満ちた激しい反抗を受けるうち、自分自身の憎悪に火がついて、逆に、少年に暴力をふるう。少年は「俺よりこいつの方がワルだ」と叫ぶ。表面は立ち直って見えても、憎悪には憎悪が呼び起される。憎悪そのものは手つかずで残っている。リアリティーがある。
もう1か所。少年は不良になり初めの頃、自分の人生を狂わせた母親に向かって叫ぶ。「子供はおもちゃじゃない。」ところが、少年が恋人の妊娠を知って、子供を産むかどうか悩んでいるときに、逆に母親が少年にやさしく(切ないほど気持ち悪い)全く同じセリフを言う。「子供はおもちゃじゃない。」
母親は、幼い頃の少年を育てるときには、乱暴なひどい母親として描かれ、長じて立派な不良少年になったときには、オロオロする愚かな母親(被害者)として描かれ、少年が若い父親になろうとするときには、ありふれた浅はかな大人として描かれる。本当の原因が分からず、一生懸命ではあるが表面的にしか生きれないと、そうなる。リアリティーがある。

 

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340 映画「太陽のめざめ」

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「太陽のめざめ」という映画を見た。カトリーヌ・ドヌーヴ出演。学生時代に映画でカトリーヌ・ドヌーヴの美しい魅力に圧倒されていたので、どんなお婆ちゃんになっているかな、という興味もあった。大きな映画館ではやっていないので、横浜の小さな映画館で見た。彼女はちょっと太めになっていたが、未だに魅力的な現役だった。
さて、映画は、乱暴なひどい母親に育てられた幼い男の子が、愛情を知らないまま長じて札付きの不良少年になり、更生施設の職員や裁判所の人(そこの判事がカトリーヌ・ドヌーヴ)等との人間的なやり取りを通して、何とか自立できそうなところまで成長する話。この人間的なやり取りがこの映画の圧巻。自立の大きなきっかけが、恋人との出会いにより真に人間的なものに触れるというストーリのようだった。その恋人との間にできた子供を、堕胎の直前に思いとどまって産まれた姿で、少年がまるで自分自身を抱くように不器用に手に抱えて、広場に出ていくシーンで映画は終わる。
最後はハッピーエンドを予感させる終わり方だが、仮に本当の話であれば、実際にはそうにはならない悲劇が待つだろうと思われた。なぜなら、少年が愛情を知らずに育ったことが暗示されるものの、何に傷ついて、そんなに更正が危ぶまれるほどだったのか。何に傷ついて、そんなに荒れたのか、描かれていない。母親も乱暴なひどい母親として描かれるが、なぜ、そうだったのか描かれない。原因は全く触れられていない。であれば本当の癒しは期待できない。
子育ては甘いものではない。自分のように不幸な子供にはけっして育てないぞと、そのときは強い決心をしても、子育ては人間対人間の本質が触れ合うもの。心の傷を隠し抱えたままやれるものではない。あっという間に自分と同じ傷を持つ不幸な子供にしてしまうはずだ。最後に少年が不器用に手に抱えた赤ん坊をいつぶん投げてしまうのかと、ヒヤヒヤしたという鑑賞者もいた。そのとおり。

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