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絶対嫌だ|でも知りたい|セラピーの現場から(642)

○グループセッションでは、自分の中に大きなエネルギーが湧き起る体験をしている。その時は強く満足する。しかし後になると、なにか、満足しない部分がある。「絶対一人は嫌だ」という気持ちが強くある。頭にこびりついている。絶対嫌の中身は何なのか、自分でもうまく説明できない。そこを知りたい。
○そこで久しぶりに個人セッションを受けた。私は生後8か月のときに、両親において行かれた経験がある。個人セッションの準備として、置いていかれた時の赤ちゃんの絵を「描いて来て」と言われた。描いてみた。どうしても表情がない。顔が描けない。描くのも嫌で苦しくなった。体と頭だけを描いて持って行った。
○個人セッションの当日では、やはり、「絶対一人は嫌だ」というのが出て、自分に向かってくる殺意や自傷がでる。自分が描いた顔のない赤ちゃんを目の前にして、気持ち悪くて、可哀想でもあり、見ていられなくて、絵をグシャグシャにした。
そのうち、(自分を置いて行った)母に対する恨みと呪い殺す感じが出た。しかし、足りない。殺しても殺してもビクともしない。母を呼んでも泣いて呼んでもそこにはいない。震えるくらい恨んで呪い殺した。私自身とこんな私を作り出したみんなを殺した。隠してきた殺意が表現できたのは前進だ。
○この殺意は娘にも向いた。娘だからと言って手加減はない。昔、私は、産まれた娘に対してのオムツを変えなかった。育児放棄だ。娘は今、自閉的だ。当時は娘なんかいなくなれば良いと思っていた。娘に触れないことで、娘を、私の恨みと呪い殺しから守っていたのだ。赤ん坊の自分と、赤ん坊の娘は重なる。赤ん坊の娘と、自分の顔なしの絵がダブル。苦しい。
○恨みや呪いは表現できたのに「絶対一人は嫌だ」はまだ存在する。まだ満足しない部分がある。死を拒否しているのがあるし、生きるのも苦しいというのもあるし。もがいている感じがある。
○呪い殺す時の気持ちを絵に描いた。暗い背景に二つの赤い目だけを描いた。個人セッションから帰って、その後、その絵を全然見れなかった。しまって置いた。呪い殺す、真っ黒な背景に赤い目だった。何でこんなに純粋な(母を求めても得られずに呪い殺すほどの)気持ちを、訴えてはいけないのか、何で求めたらいけないのか、私はどうしたいいのか、本当に生きることも死ぬこともできずに、もがいて苦しくて苦しくて。瞑想でずっとそこにいる。
○そうしていると、母が彼女のセッションで口にする「何で、何で」が出てくる。母もまた母(祖母)に私と同じような思いがあるのか。それと、寝たきりになってしまった祖母の硬直した手とが出てくる。祖母とも微かに会話が成立するときがあり「どうせ私なんか」という気持ちがあるようだ。あの祖母の姿は自分を見ているようで辛い。(おそらく私と同じような辛さの)思いを出してあげたいが、しかし、そうすればきっと今度は自分が耐えられない。手を伸ばそうとしても(私のその手も)硬い。ドキドキする。親子3代にわたって続くものがある。
○私の気持ちを自分ではどうしようもできない。(母を求める)純粋な気持ちなのに(そんな気持ちをぶつけても受け取ってもらえないことも分かっているのに、引っ込めることなどできず)自分でどうしようもできない。もどかしい。だから(母とは関係のない仕事先の)上司や仲間に、(彼らに失態や)何かある度に、物凄く怒ることがある。何としてもひん曲げてやりたいという気持ちが出てしまう。
○描いた自分の顔の赤い目は何を意味しているか。私が純粋に求めているのに受け取れない母を恨み呪い殺す、何もできない無力な自分も恨み呪い殺す、生まれてこなければいい、何で産んだんだというのもある。死を拒否する気持ちがある。一人で死ぬくらいなら巻き込んでやるというのがある。
○「絶対一人は嫌だ」の中身が少し変わった。それまでは、一人ぼっちの死は、自分が弱くなることなので、受け入れられなかった。弱いのが嫌いだった。だから死が嫌いだった。だから一人ぼっちになるのは嫌いだった。でも今回は少し違った。隠していた殺意を表現できたことで、強くなった。正面切って、少しだけれど、死を受け入れることが起きた。

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閉じこもりだった子供の回復は続いている|でも母との関係は怖くて・・|セラピーの現場から(641)

○[閉じこもりだった子供は好調。でも・・]
閉じこもりだった子供の回復は続いている。子供は好調だ。問題は私だ。
私が自分の問題に取り組み始めたことで、子供の回復が起きて来ているようだ。しかし本格的に問題に取り組めるのか。全然自信がない。「やりたくない、今が良ければ良いじゃん。」となってしまいそうになる。
子供の閉じこもりの原因を私が作ったらしいことは、おおよそ、了解している。そして、その原因の中へ、さらに一歩を踏み出すのが、とても難しい。原因が作られた幼い頃の自分(私)の事をちゃんと解ってあげたい。そう、頭では思う。だけれど、なんとも心がついていかない。
○ [・・「ありません」と嘘ついて来た]
それは私と母のことだ。
私は自分に嘘をついて来た。(母へ)いろんな気持ちがあったはずなのに、求める気持ちも、辛かったことも、「ありません」と嘘ついて来た。分かってくれる旦那と子供で埋め合わせていた。でも本当には上手くいかなくて、本当に求めているのは、夫や子供でなくて…(母だ)。この部分をどうしても言いたくない。あまりにも嘘ついて来て、そんな自分が可哀想になる。言えない。(母は)頼りになれない。(本当のことを言わせまいと)自分が自分を縛るのが強い。そんな気持ちはダメ、こんなのはダメとか、ぽろぽろ(弱気になって本音を)出すんじゃないとか、心の声が言う。だから本音は言えない(私と母の関係を認められない)。
<少しでもいいから言ってみてくれませんか>「(母に)もうちょっと側にいて欲しい」「遠くを見てないで近くにいてくれないかな」って。「何も言わなくて良いから近くにいてくれたら」「「何もできなくて良いよ」って言って欲しい」・・・。
この本音を、場所を変えたセッションで、改めて言うことになった。
○[・・引っ張ろうとする気持ちが物凄く強い]
その場所になると、なかなか決心がつかなくて、「言ってもいいかな」と言うと、みんなが答えてくれて心強かった。おっかなびっくりだった。慣れない。本当になれない。まんじりとしない。少し言葉に出すと、(出させまいと後ろへ)引っ張ろうとする気持ちが物凄く強い。出すと引っ張られる。他の兄弟より「私を見て」と(母へ)言おうとすると、罪悪感が出る。小さく言った。ちょっとは言えたけど、もっと力を抜いて言いたかった。どうしてもあーなっちゃう。終わった後、頭がくらくらした。みんなが声かけてくれて嬉しかった。一人では無理だろう。大変だった。
原因となったであろう母と私の関係。わかってはいるけど認められない。認められない認められないと言いつつ、今回のセッションで、でも、ほんの少し認められた。怖くて怖くてしょうがなかったが、ほんの少しは、言えた。

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大きなエネルギーが出るようになった|それでも納得できなかった謎の答え|セラピーの現場から(640)

納得できなかった謎の答え。
○幼い頃から抑えていた自分自身を解放するセッションを重ね、ようやく心が開いて、大きなエネルギーが出るようになった。嬉しかった。
○しかし、心底から喜べない気持ちがあった。何かどうしても納得できないことがあったからだ。それが何かは説明できないけれど、納得できないことがあるのは確かだった。謎だった。
そこで今度は、セッションで自分を、再び抑える作業をし始めた。抑えたエネルギーが凄いことを今更のように体験した。そしたら昔と同じように、具合が悪くなり、以前のような恐怖が来るようになった。痺れがきて、身体が重くなって動かない。以前味わった抜け殻のような感じだ。そのようにして、自分を閉じる作業をして、そして閉じた。でも、やはり納得がいかなかった。何に納得がいかないのかもはっきり分からないままだった。
○やがて気がついた。親戚の人の母子関係で、子供を「親が勝手に抑え込む」という話を聞くことがあって、そのことが自分の心に響いた。自分は、自分のことばかりやって、自分の子供への加害性に、意識があまりなかったのだ。子供を抑え込んで自閉的な子にしてしまった。セッションで子供への「ごめんなさい」を言った。止まらなかった。いくら言っても言っても言ってもどんなに言っても許されないような、言っても言っても足らない感じだった。はじめて自分が「親」になった。
「抑えた」ということが、自分で自分を抑えていながら、子供にも抑えることをやってしまったという、そこがなかったなと思った。どっちも怖かった。自分を抑えたという被害者も、やってしまったという加害者も、怖かった。今までは被害者だけだった。それが分かった。そして、再び開いて、再び大きなエネルギーが、わき出した。嬉しかった。納得感があった。

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閉じこもりは母子関係|絶対に離したくない|セラピーの現場から(639)

○<閉じこもりは母子関係>
私の子供が閉じこもる理由は、私との母子関係に隠れていた。
子供は、母親(私)の寂しさを紛らわすための犠牲として、自立を諦(あきら)めていた。そういえば、子供は小さい頃から優しい子だった。レストランなどで自分の料理を必ず私に分けてくれるような子だった。
○<子供は溺れる母親(私)の浮き輪>
閉じこもりという現象は、子供が浮き輪となり、溺れかけている母親(私)を助けるということだった。私は一人になりたくない。子供にしがみついて浮輪にした。母親(私)の足には重りがついている。重りがいつも足を引っ張り常に溺れかけている。だから浮き輪が必要だった。
○<溺れさせる重りは私の母>
その重りは、母親(私)が身分自身の母から愛情を貰えなかったという、気づいてはならなかった秘密。今もその秘密はなかなか突破できない。今も私は自分と母の関係をうまく探れない。触れない。触ると砂のように崩れる母がいる。だから触るのが怖い。触れるのも怖いが、実は、触れても何の反応もないのが、もっと怖い。だから触れられない。その先は考えられない。考えようとすると、首が凝る、頭が痛くなる。何かを抑える感じ。
○<私も母の浮き輪だった>
子供を、自分の命を救うための浮き輪としていることに気が付いたとき、自分自身も母の浮き輪だったと、直感した。私は子供を長い間、浮き輪にしてきたが、私自身はその何倍もの間ずーっと母の浮き輪だった。母の生い立ちの大変さは、戸籍を調べた時にそうだったろうなと思った。
○<母へ向かうべきもの>
一人になりたくないという恐怖は、私の中だけではなく、母の中にもあるのかもしれないと想像する。そんな母を支えてあげたいが、母には触れられない。だから母に向かうべきエネルギーが子供に向かったのかもしれない。子供を母の寂しさの代用品とした。「いてあげなくちゃ、守ってあげなくちゃ」として過干渉になり子供の自立を妨げてしまったが、本当は、これは母へ向かうべきものだったのかもしれないと考える。
○<嬉しい子供の自立>
さて、母親(私)が自分の足の重りに気がついて、その重りの謎を解き始めること(自分では十分とは思えないが)で、子供は浮き輪の役割を徐々に免除され、自立に向かってきているようだ。そのことが嬉しくて仕方がない。
子供は外出の範囲を徐々に広げている。始めは深夜のコンビニ、そのあと家族との外食。やがて仲間と待ち合わせての外出。最近は、仲間と待ち合わせての外出したものの、出先で仲間と会うことができないというトラブルに陥った。にもかかわらず、トラブルを自分で解決して、難なく仲間と会うことができ、予定通りにイベントを楽しんで、帰りに食事して来た。今までの完全完璧な閉じこもりからすると夢のようだ。
○<でも絶対に離したくない>
でも私は白状する。私の中には、自立してほしくない気持ちが、まだある。セッションの中では子供に対する「行くな」(自立するな)という気持ちが出た。「絶対に離したくない」というのが出た。「絶対に離したくない」のは(離すくらいなら)「死んじまえ」ということだった。
○<捨てられことに対する絶望的な抵抗>
私が小さいときに、母が私達姉妹を置いて出ていく場面で、同じように「行くな」という私の強い思いがあった。未だに母からポイっと捨てられるような気がする。だから過干渉は、ポイっと捨てられ砂のように崩れることに対する絶望的な抵抗なのかもしれない。

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対談(633)について|大きくヤマを越えて3/3|セラピーの現場から(637)

諸智:<停滞期「踊り場」>で「(自分探しへの)感覚が遠のいた」と言っていますが、本当に後ろ向きになったのではなく、苦しみながらも、問題に向き合う感じがありました。
林:少しずつ前へ進む感じでしたね。
林:<反抗期を真似てみたら罪悪感が襲いかかる>の「反抗期の無かった」というのは母に対する反抗であって、社会に対する反抗はできていたようです。やはり母親に対するものが重要なのですね。
諸智:重要だけれども、どうしてもできなかったのでしょう。
林:<母親を護りたい気持ちでスタッフに「失恋」>の「自分の会社の社員」に「弱い母」や「理想の母親(女神)」を投影してしまうというのは、ひょっとして経営者には起きやすいことなのかもしれません。幼い頃の不十分な家族関係を、長じて、自分の会社で修復しようとする試みなのかもしれませんね。
諸智:会社を自分の理想の家族のようにしたい、ということなのかもしれません。
諸智:<近づいてくる恐怖>で「アクセルとブレーキを一緒に踏む感じ」とありますが、これもご自身が自分で認識しているのがいいなあ、と感じます。
林:「鉄格子の下にのぞいているピンクのスリッパ」というのは、当時の状況では、目の前に立ちはだかる高い障壁でもあり、自分を開くために動くことのない大きな手掛かりでもありました。
諸智:その高い壁の前で「恐怖」にひるんで「抑え込んでしらけ」てしまうのですが、そのしらけに、幼い自分である「寂しい坊主」を観ることができ、また、前進します。
林:しらけの裏にあるものを観る感性がいいですね。
林:<抑え込みの裏にあった殺意>で「隠れているかもしれない「殺意」は(前から気が付いていた)罪悪感を説明づけるのに疑う余地もなくぴったりきた」というように、「殺意」を自分のものにしましたね。そして「母親や祖母との私の癒着」に対する「猛烈なストレス(怒り)があったことが思い出された」と、記憶もよみがえりました。良かったですねえ。突破口になりました。
諸智:突破口が開いたので、ひとりでに「人生の長い期間抑え込んでいた殺意というエネルギーが沸騰」するのですが、エネルギーを受け止める「心の通じた仲間」が居たのはラッキーでした。
林:そして「必然的に事が進むように準備はすべて整(ととの)」い「自分の中で繋がらなかったものが繋がった」経験をします。「繋がらない」という感覚を既につかんでいたので、この「繋がった」という感覚が産まれたのですね。繋がらないとか、繋がるとか、実は、本当のことを知っているから、生じる感覚だと思いますね。人というのはすごい。
諸智:「この殺意を伴う猛烈な怒りのエネルギーを抑圧する。そうすると気狂いになるんだ。もしも外側に出せれば解き放たれる。・・・繋がった。」ということで、母の狂気も乗り越えた。自分と母の2世代分のしこりを解(ほど)いたと言えそうです。

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ひと山越えて子どもが成長|私と比べたら人生雲泥の差|セラピーの現場から(634)

自分の心の傷を観る作業をしてきて、一つの大きなヤマは越えたのではと思いつつも、次のヤマの前で留まっているのかもしれない、そう思う日々この頃です。

高校生の子供が、自らヨガと瞑想を始めだしました。
子供は(瞑想などをする)私の日常を見て育ちました。子供に瞑想やヨガの効能や時間の使い方の質問に聞かれたら答えるだけで、私は特に勧めてません。

高校生ですが、自分の心は自分でなんとかするしかないんだという所まで、来たんだと思います。私の背中を見ていてくれたのかもしれません。子供と、同年齢の頃の私と比べたら、人生雲泥の差です。私は「自分で」などという心境にはありませんでした。

子供は、小さな頃から耳が悪いのかと思う位、テレビの音を大きくし、私は注意ばかりしてました。子供が瞑想を始めてまだ数日ですが、子供自身が「うるさく感じるようになった」と言って、音量が普通並になりました。
私は「それだけ今まで心がザワザワして集中出来なかったんだね」と子供に言いました。子供は納得した様子です。瞑想で落ち着く感じが「人生初の感覚で、ずっと瞑想していられるかもしれない」とまで言ってました。

自分の心の傷を観ないでいると深くなってしまう世代間伝達(の影響)が、少しずつでも薄らいでいくようにしてあげたい、そう思ってます。

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豊田議員の罵倒する声を聞いて心臓がドキドキ|セラピーの現場から(630)

(母から)捨てられる恐怖を感じて、私が閉じ込めた思いは何だろう。怒りや悲しみが少しずつ出てきている。まだまだ出てきそう。
(テレビで)豊田議員の罵倒(する声)を聞いて、自然と心臓がドキドキした。フラッシュバックしたような感じだった。(この豊田議員の例だけではなく)大きな音や声にも命の危険を感じて、ドキドキ、イライラする。大きな音や声は私を殺すものに感じられる。それで私も殺されまいと怒るけど、それは偽り。本当は怒りたくなんてない。本当は怖くて怖くてたまらない。縮こまる心が、どうにもならない。怒りたくなくて縮こまって逃れようとするがうまくいかない。

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甘えたかっただけじゃん|すごい剣幕で私を殺そうとする母|でも譲れない|セラピーの現場(621)

ハッキリしなかった私の心に届いた。ようやく見つけた。私の本音「甘えたかっただけじゃん」。
ある日のセッションで本気でやれた。それまで、(セッションは)やれば良いんでしょみたいだったが、本当にやれた。その後に出て来たのは虚しさ悲しさ。ワーッと出て来た。その瞬間「甘えたかっただけじゃん」とストンと分かった。子供も私にこんなに甘えたかったんだなと分かった。その後のセッションで、劇の補助役の母役だった時に、やはり同じように、そのことに響いた。
今回のセッションでも同じ本音をやった。納得できた。そして死に響く。甘えたかっただけなのに。この「甘えたい」を隠したのはなぜか。死に近づくからだ。「甘えるとは何事か」「生きているうちは甘えな」「甘えるとはとんでもない」(母が)ものすごい剣幕で私を殺そうとする。
それでも母親に甘えたい。殺されようと、私は甘えたかった。私への殺意があっても、甘えたかった。そのことを味わった。寂しさがあった。でもあったかい。あったかい涙。
これがあれば生きていける。これは譲れない。私にはこれ(甘え)がある。殺されようが譲れない。誰がなんと言われても譲れない。殺されたって曲げることがない。媚びることがない。気持ちよかった。
セッションから家に帰って、今夜こそ、ぐっすり眠れると思った。その通りにぐっすり眠れた。解放感を味わった。今までは、しつこい不眠症気味だった。
次の日は、身体は疲れるけれど心は軽いと感じた。苦手な母の介護もイライラは長く続かなかったな~と感じた。明日、母をまたお世話するのが、ある意味楽しみだ・・・。これも「甘えたいだけじゃん」のお陰だ!私の究極の本音だから。頑張って(母に対する)「いい娘」をやったり(子供に対する)「いい母」をやったりしない様にしたい。頑張りではなく本音とともに居たい。

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母は私を褒めて利用|愛情はもらえず|職場のおばちゃん達も|そろそろ止めに|セラピーの現場(620)

母からは本当の愛情がもらえなかったので、せめて、母から褒められることをした。母は私を褒めて利用した。その母も今はいないが、私の褒められて頑張る癖は残っている。
職場では母と同じ年代のようなおばちゃん達と仕事をする。母と似たような相互依存があるのかもしれない。おばちゃん達は私を褒めて利用しようとする。私はおばちゃん達から褒められることを望んで、利用されていることがわかっているのに、その通りにして嬉しく思う。おばちゃん達の中には、息子が結婚して嫁さんに息子を取られた事が気に入らなず、私を息子代わりに、かわいがろうとする人もいる。擬似母子をやっている。自分もそれほど悪い気持ちはしていなかった。
でも、もうそろそろやめにしたいと思う。他者評価よりも、自分で自分が認められる自己評価の方が価値があるように思えてきた。お互い甘えの中でやっていた。みんなを集めて「卒業します」と宣言した。

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母の話はテニスの壁打|私はSNS中毒|寂しさは死を見つめて|セラピーの現場(609)


<母に腹が立たない>
以前は家で母と一緒にいてもただイライラするばかりだったのですが、今は自分で選んで母と一緒に引きこもっているんだなというのがわかります。そうすると自然と母に腹が立たなくなりました。自分が子供なので、母と一緒にいる(いざるを得ない)のは当然かもしれません。私が母にある程度心を開いているせいか、母は一緒に出掛けると延々としゃべっています。
私はまだ母を受け止めきれる余裕はないので、話は聞いたり聞かなかったりです。母からしてみれば父にも私にも話を「聞いてもらう」ではなく、テニスの壁打ちのように単に話を「ぶつけられればいい」のかもしれません。母は相変わらず自分の話しかしませんし、意思の疎通は殆ど出来ません。
それでも以前のように母に怒りをぶつけなくなったのは、セッションで甘えが出来たからかもしれません。彼女自身も子供ですが、私にとっては甘えたい母親なのです。私がある程度年齢やセッションを重ねたのでこう言えますが、小さい子供だった自分は愛情を受けられずとても苦しかったのは覚えています。子供では対処しきれません(今もなかなか無理ですが)。母が私に甘えてくるのを見ると、「捨てないで!」と言われている気がします。(*お母さんは変わっていないけど、本人の内面がどんどん成長しているように思われる。)
<依存から寂しさへ|「一人」を受け入れている>
寂しさや独りぼっちを味わう感じは続いています。本当に一人だと思います。普段の生活でも瞑想している感じです。私自身「深いところ」と言うのははっきりとは分からないのですが、辛いけれど寂しいところにずっといたいなと感じています。もともと人(友人)を誘ってもタイミングが悪かったり、相手に一緒に遊ぶほど親しくないと思われる程度の人間関係しか築けなかったので、一人を感じるには丁度いいと思います。SNS中毒で毎日何かしらを発信しないと気が済まなかったのが、今はSNSを見てもいません。SNSをしていると余計に自分が一人だと感じられて辛かったのに、無理やり誰かと繋がっているつもりでやっていたのが、今ならわかります。私は一人です、そのことに真摯に向き合うときなんだと思います。そちらのが性に合っている気がします。
(*「一人」を受け入れ、その方が気持ち良いと感じている。何かに依存している時はわからないもので、半年前は考えられないほどのことのように、思われる。)
<自死について>
最近、妙に死が近いです。自分の後ろにべったり張り付いている感じがします。自死したいわけではないのですが、寂しさ=死を見つめている感じがします。過去に2回自殺未遂をしたときは、自分ではなく他人に絶望して死のうとしたんだと思います。今の自分に絶望しているか?と聞かれたら、死にたいほど絶望はしていないと思います。これから自分と向き合って本当に自分に絶望するときが来るかもしれません。それでも自ら死を選ぶのか?はわかりませんが、自分に絶望しても死は選ばない気がします。
(*「死」に向き合えば本当に生きられると思われる。不思議なものですが。)
<中絶について>
今までは(友人などが)中絶するんだと話をしても「へぇ~」くらいの感想しか持ちませんでした。今、自分のお腹に子宮内膜症の痛みがあり、自分のなかに小さな自分が生まれた、と感じています(本当には産まれませんが)。その小さな自分のイメージのせいか、同じような話を聞いて、とてもショックでした。話を聞いていたときに「やはり私は要らないのか!捨てるのか!」と小さい私が言ったので、ずっとこんな所(子宮内膜症の治療のための病院)に連れてきてごめんとお腹をさすっていました。彼女(小さな自分)には悪いことをしました。
あまりにもショックだったので母に話したら、中絶は「その人の都合だから仕方ないよね~」とそっけなく言われたので(セッションで、そうじゃないかと感じることがあったが、やはり)母は私を降ろす気があったんだなぁと思いました。セッションで感じたことは本当だったのかもしれません。人の命はそんなに軽いものなのでしょうか。話を聞いてから気持ちが悪く吐き気がします。自分が母に拒絶されているみたいです。

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自分の中のKさんを忘れていれば母から殺されることも忘れられる|セラピーの現場(608)

<表現できた人格>
自分の中に、破壊を担当する人格があったが、なかなか今まで、その人格をセラピーの場で表現することはできなかった。今回それができた(*1)。3歳の女の子だ。名前をKさんという。まっすぐで自由で活発で強い性格だ。強いので、辛い記憶を一身に受け持ってくれるが、辛い記憶を原因として、破壊の衝動がある。
<なぜ表現できなかったか>
自分が幼い頃に母親から殺されかかったことが認められず、人格をかい離させて、対応したらしい。頭では分かっている。でも、今も完全には認められない。
Kさんの存在自体も忘れて、無いことにしていた。何故、忘れ、無いことにしていたのか。Kさんを忘れていれば母から殺されることも忘れられるからだ。Kさんが居ることになれば、セラピーの場の皆んなや母親を殺してしまうかもしれないからだ。だからKさんをやっつけ無くしてしまいた自分もいる。Kさんを殺したい。Kさんが自分の一部だと認められない。(自分一人の時などは)時々出てくるのに、認められない。Kさんを認めてしまったら怖い。気が狂いそう。凄い怖い。Kさんでない部分(主たる人格)の自分は、弱っちくって、辛くて、ガクガクする。弱くて、母から殺されることを、引き受けられない。
<その人格の気持ちは?>
おっぱい。おっぱいちょうだい。おっぱいが欲しいだけなのに。まっすぐにお母さんの愛情が欲しかっただけ。おっぱいの中身がなかった、空っぽだった(*2)。空っぽで何もなかったので母の乳首を噛んだ。殺されるのは出てこない(*3)。貰えないのは嫌だ。だから(母親を、みんなを、宇宙を)やっつけちゃう(*4)。
<あなたの今の気持ちは?>
空っぽのおっぱいを持っていると安心した。空っぽのおっぱい。これがあれば生きていける。大切な空っぽのおっぱい。「空っぽだ」と言うのがいい。愛情がない。何もない。今までは「ちょっとはあるだろう」と思い本当には認められなかった。「愛情がない」ということ、「ない」のが事実。おかげで、ちゃんとしなくて良い。楽になった(*5)。
Kさんは、母に愛情がなかったことを受けたら、気狂いになるしかなかった。気狂いだけど気狂いじゃない。どうしようもなかった。
(*1:セラピーの大きな一歩になると思われる)
(*2:実際のおっぱいは出すぎるほど出た、と母親は証言する。過剰なおっぱいの中には愛情がなかった、だから「空っぽ」だったという意味に解される。)
(*3:Kさんの人格で母親から「殺される」ことについての気持ちが未だ「出てこない」が、これは人格の統合作業が今からであるということを示しているように思える)
(*4:小さな乳児にとって母親は全てでありみんなや宇宙を代表するものなので「やっつけちゃう」ことは対象が特定されない抽象的な「破壊」になる)
(*5:「ちょっとはあるだろう」と思い「ない」ことを否定しながら生きることは辛かったが、「ない」事実を受け入れることができたときに初めて生きることが「楽になった」という意味にとれる)

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悲しみは嫌で怒り|抑えて過呼吸|観察し不思議|セラピーの現場(607)

(575)(579)(583)関連
ベビーブレスの感想を送ります。
ひたすら呼吸をして、グゥーと抑える感覚になりました。我慢の時に味わっていたような締め付けるような、圧力のような感じです。訳も分からずに過呼吸になりそれが嫌で、いつもなら「わぁー!!」と怒りを出していましたが、怒りではなく、泣きながらそこにいられました。泣きながら味わえました。(悲しみ自体はやはり)嫌な感じですが、味わえてる感じで不思議と気持ちが良かったです。凄く良かったです。
今まで、小さく小さく弱く弱くなる感じをベビーブレスで何回もしましたが、その時に味わった感じと全然違いました。グゥーと抑えるような小さくなる感じを味わっているのですが、観ている感じでした。観察しているという表現の方が近いかもしれません。その感覚を思い出していると、不思議だし、面白いです。 初めて味わうベビーブレスでした(*)。
(怒りの)感情を抑えているのに力がある事を知りました。あれだけ怒りがあるのだからと分かってはいましたが、抑えている力も凄いものだな…と改め知らされた感じでした。本当に初めて味わうブレスで、とても良かったです。
(*:「過呼吸」として存在するエネルギーを、それまでのように怒りとして外側へ出すのではなく、内側へ留め悲しみとして引き受け、それを観ている感じ、と理解できる。)

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私の「行かないで」は閉じこもりから自立する子供へのようでもあり母へのようでもあった|セラピーの現場(600)

<子供の閉じこもりと、自分と母親の関係>
長年の閉じこもりだった子供に変化が起き始めたのは、私が自分の母親との関係をやり始めた途端の変化だと、言われる。でも、私には、そこのところは理屈では分かっているが、ぼんやりしている。
<怒りから母親へ、そして恐怖と死へ>
セッションでは今までは激しい怒りが中心だった。この怒りは母に関係しているらしい。そこでセッションで母のことをやろうとする。すると、恐怖が出てくる。何もない恐怖。愛情を貰ってなくて空っぽで生きている。死が追いかけてくる。母と一体になって死にたかったのに、死なずに生まれることを選択したので、生き続けるにはその死は観ちゃいけない。でも観なくても、その死は無くなったわけではないので、追いかけてくる。母のお腹の中だとそういうことだったのだろうと思う。生まれてしまった今でも、その死があるから「怖い」のか、と思う。
<死の願望と死の恐怖>
死が怖いのに、なぜ死にたいのよ、と考えていた。死の選択もできたのに生まれた。生まれることを選択してきたので、死をないものにしてきた。自分の中ではそこ(死)に行きたいと思ったのに(死は)ないことにしていた。それでも生きなきゃ行けないから怖いのか。恐怖に居られないから怒るが、逃げるから(恐怖が)追いかけてくるから、嫌で嫌で怖い。死をないことにしているから怖い。恐怖からなんとか逃げようとしていたんだと初めてわかった。世紀の大発見だった。
<行かないで>
この恐怖を扱ったセッションの中で、思わず出た言葉がある。「行かないで」という言葉が出た。それは自立しようとする子供へ発する本音のようでもあり、自分の幼い頃に愛情を貰えないまま行ってしまおうとする母へ発する隠されていた本音のようでもあった。閉じこもりという現象の謎を解く鍵を見たような感じだった。

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今までの満足感がいっぺんに吹き飛ぶような悔しさに満ちたものに|セラピーの現場(599)

これまでの1年は、グループワークの効果もあり、とてもセラピーが進んだ1年であった。調子良く成長し満足感があった。
ところが今回のセッションはその満足感がいっぺんに吹き飛ぶような、悔しさに満ちたものとなってしまった。その悔しさから、セッション後のグループカウンセリングでは、怒りが湧きおこり「愛情の欠片(かけら)もないこの場を壊してやろう」とさえ思った。
でも後で考えると、セッションの途中で、苦しさ(湧き上がる死への恐怖)に耐え切れず、途中で逃げ出してしまった。また困難から逃げ出してしまったという、自分に対する悔しさであると感じた。
あれから1週間あまりが経過した。直後はだいぶ気持ちが塞(ふさ)がっていたが、激しい悔しさを味わった割には、意外に自分が元気であることに驚く。仕事中に湧き上がるウキウキ感には戸惑ってしまうほどだ。また、(職場で怒るべき場面では)人に対してハッキリと怒りを出せた。とっても気待ちが良かった。
思い返してみると、苦しかったセッションは幼い頃の困難(虐待)に伴う心の傷の再体験をしていたのだ。1週間あまりの間、自分に対する理解は案外すすんだようだ。かつて困難に直面した時に逃げてしまった自分。今でも困難に立ち向かえない弱い自分。それらの事を本当に悔しいと思っている自分。自分に対する強い怒りがあった事を理解した。この怒りを抑え込んで生活していることを考えると、日頃、自分自身に抱いている気持ち悪さにも、説明がつくように思える。
この1年、調子良く成長してこられたのは、セッションで感じた恐怖や、自分に対する憤りと向かいあうための準備であったと、今は思える。

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母を護もりきれずに死なせた罪悪感がではなく、実は母への攻撃では?|セラピーの現場(596)

今回のセラピーを振り返ると、セラピーの間、一部始終、自分を抑え込んでいたと感じました。その姿は、恐怖を隠す寂しい自分です。恐怖の正体は、殺意に関係するようです。優しく愛情いっぱいの母と、狂気の母が混在する環境で育った影響があります。優しく愛情いっぱいもらったと感じる部分は、寂しさから母に癒着しようとするものです。狂気の母が、恐怖を感じる一番の原因だと思います。

つまり、恐怖の正体が殺意に関係するとすれば、その殺意は母に対するものです。それを説明づけられるのが、私の中に常にある罪悪感、罪意識です。

今まで、母は自分が護る存在であると思ってきた経緯があります。その思いは私に染み付いています。しかし実際は護れなかった、、、だから罪意識があるのだと、考えていました。でも、病気がちな母には十分なケアをしてきました。それは他人の目から見ると、やりすぎと思われるほどでした。その母もどうしようもなく亡くなってから、久しい時間が流れました。それでも、いまだに罪悪感が残っています。

この執拗な罪悪感はどういうことなのでしょうか。謎です。本当は、母を護もりきれずに死なせてしまったために罪悪感があるのではなく、実は心の奥では、狂気の母を攻撃していたんではないか?自分に十分な愛情を注ぐこともなく病気に逃げた母を。自分を孤独にし寂しさの暗闇に追い込み心に大きな消えない傷を残した母を。そういえば、昔、狂気の母に対して、関わらない、見て見ぬ振りなどしたことがありました。

セラピーを通して自分の中には癒されない大きな怒り(殺意)があることが分かっています。何への怒り(殺意)なのかははっきりしません。その自分の中にある怒り(殺意)を、母に向けることが一番の恐怖です。

怒り(殺意)を母に向けると、病気がちでいつも弱い存在であった母はその殺意に耐えられず、母を失うことになります。優しく愛情いっぱいの母を失うことになるのです。私の命の基盤であった大切な母を失うことになるのです。それには私が耐えられません。それが私の一番の恐怖です。

それでも殺意は依然としてあるのを知っているから、母に何かある度に(あるいは、母に似た状況の身近な女性に何かある度に)、自分に責任があるのではないか、隠れている殺意のせいではないかという罪悪感が襲ってきます。

なお、これは、直接に母との関係なのかどうか未だはっきりしませんが、自分の中にも母と同じ狂気を感じる部分があります。その狂気も物凄く強い怒りのエネルギーだと思います。

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過去世を扱うのか過去世はあると思うか|セラピーの現場から(595)

ベビーブレス(弊所開発のブレスワーク)をやっていると、多くのブレスワークがそうであるように過去世を扱うのか、過去世はあると思うか、という問いに出会います。
過去世や来世の考えは私たちにとって独特の魅力があります。過去世があるのであれば、実際にこの現世があるのですから、来世もあり得ることになります。そのため、心の奥の究極で私たちを苦しめる死の恐怖を、弱めることができることになると思われます。死んでも来世があるのです。結局、死は無くなるのです。死は慰撫されます。そういう効果があるようです。ブレスワークを通しての過去世や来世の体験が、仮に脳の作用として味わえるだけのものであっても、この効果は否定できません。おまけに、来世はない、とはっきり証明できる人はいないはずです。
しかし過去世や来世の体験が与える慰めは、微かな香りのようで何とも物足りません。この現世で現実の死に対峙し、現実の死と現実の生の合一を体験するときの強烈な、圧倒される満足感とは、とても比較になりません。この現世で十分すぎるほど十分なのです。

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自分は何かが腑に落ちない何かが気に入らない|セッションの羅針盤|セラピーの現場から(582)

ベビーブレス(弊社で開発したブレスワーク)のようなセッションに臨むときには、自分自身が強く望むことが重要のようです。自分自身の欲求不満を大切にしてほしいと思います。自分の生き方は何かが腑に落ちない。自分は何かが満足していない。自分の人生を何かが気に入らない。そういう感じが、セッションの中で進むときの羅針盤になります。
強く強く望んで欲しいのです。どのように変わるかはイメージがつかないはずなので、「どのように」を考えることは無意味だと思われます。方向を固定してしまうのは害にもなると思われます。自分自身がどのように変わるかは、変わる前には分からないもののようです。わからないけど、本当の自分をどこかで知っているので、現状に腑に落ちない、満足できない、となります。だから、ただ強く望むことが全てだとも言えるようです。

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自分が変わるってどういうこと|本当はうすうす知っている|だから欲求不満|セラピーの現場(580)

 

セラピーを受けて自分が変わるというのはどういうこと、なのでしょうか。人によって抱えていたトラブルは様々で、その人が変わることで影響があり、そのトラブル解消に向かって大きな前進がある、という側面もあるでしょう。しかし、それは結果であって、果実であって、私たちは「お土産」と呼んでいます。
私たちが変わると、私たち自身に大きなエネルギーが湧きます。私たちが驚くほどです。そのようなエネルギーの伴う何かが、変わるということの本質のようです。変わってみるとあまりにハッキリとしたことなので、変わるというのはどういうことか、自分は変わったのだろうかと、誰かに訪ねる必要を感じません。それは、ものすごいエネルギーです。
私たちは自分が変わる前に、そのエネルギーのことを想像できません。しかし、その一方で、そのことを本当はうすうす知っているように思います。うすうすは知っているけれども想像ができません。変わる前は、だから欲求不満になります。何かが腑に落ちない、何かが満足しない、何かが気に入らないとなります。変わってみて、はじめて、これがそうだったと納得するようです。
それでも、やはり、変わる前には分からないもののようです。変わる前には形のある答えは出ません。教科書のように言葉や概念に表すことは出ません。もっと形のないもので、エネルギーの塊のような何かと感じられるものです。それでも、あえて言葉にするのであれば、愛憎、生死のような右か左か、裏か表か、という感じ方から解放されること、これらの2方向に拡がると感じられていたものは結局同じもの、と感じるようになること、全体が遠くまで観えるようになること、などと言えるのかとも思われます。

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母への怒りだけが私の人生|母を許すことは生き方の否定|でも何かが足りない|セラピーの現場(578)

前回のベビーブレスから、母に対してはそこまで腹が立たなくなりました。不味い飯も、素っ頓狂な言葉も、彼女自身が子供(私)に「どうやって愛情を与えたらいいのか分からない」故の行動なのかなぁと考えるようになりました。もちろん、私を殺そうとしたことや人生をめちゃくちゃにしたことは許せません。ただ、怒り以外の感情が母に出てきていることも確かです。怒りだけなら怒りだけの方がとても楽です。慈しみなら慈しみの感情だけの方が楽です。両方同時に、というのは辛いです。怒りに任せて母に暴言を吐いていた方が楽でした。けれどもうそこには戻れないと思います。それだけ前回のベビーブレスは重かったです。
もう戻れないのだけれども、今の気づきも、受け入れられないで苦しんでいます。今回も生理痛の腹痛がひどく、何日も会社を休んでしまいました。仕事を休むと職場の人みんなに「嫌われてしまうんじゃないか?」と思い怖くなってしまいます。ともかく職場に行くのが怖いです。
思えば、母への怒りだけが私の人生でした。母を許すことは、今までの生き方の否定になります。
母の私への愛情なんて認めたら、私が狂っている現実を見つめなければならない。それが辛いのもあるんだと思います。私がセッションを始めたのも、気狂いな母を倒すためだったと思います。でも何かが足りないのです。足りない何かがわからないのがとても辛いです。

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保育器から出せ!|さっさと私を預けてホッとしたんだろ|セラピーの現場から(576)

生後すぐに保育器へ入れられ長い間入院させられた。そのことに産みの母は無頓着(むとんちゃく)だったようだ。その時の心の傷が私を苦しめている。そこをセッションでやる。
保育器から出せ。
お母さんに言おうとすることをためらう。言葉に出すのはなんとか言えたけど。
さっさと私を病院に預けてホッとしたんだろ。
お腹の中。早産。出たらすぐに保育器。私が望んだことじゃないことばかりで散々だ。
早産と、生まれた直後の感覚と、保育器と、(この3つ)が繋がった。感情が出た。泣けた。散々だ散々だと思って歩いてた。
ところが、私の別の人格が出てきた。「早く終われよー自分のことなんて見たくない。」この人格のことを忘れていたので、はっとした。どういう時に現れるのだろう?(*)
(*:この人格はしばらく影を潜めていたのに現れたのは、3つのことが繋がったので、揺り戻しとも思われる)

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自分の恐怖で子供の生き死にを支配していた|セラピーの現場から(567)

子供の閉じこもりがきっかけでセラピーを始めた。セラピーで気が付いたところを家で瞑想するようにしている。しかし、怖くて瞑想できないことがある。何が怖いのか。自分の中の恐怖を考えていた。腑に落ちたことがある。閉じこもりは私が子供を支配したからだ。子供を支配するのに食べ物を使っていた。自分の恐怖で、子供の(食べ物を)生き死にを支配していた。子育てがうまくいかないことは私の恐怖が元だったのかと、考えていた。何かの「「淵」に立っているから怖いのでは」と言われたので、淵に立つだけではなく、(瞑想で)中を覗きながら見ていようと思った。ぼんやり「死」だというのが分かっている(*1)。納得していないから、はっきりは言えないが多分そうなんだろう。

(*1:「死」に裏打ちされた自分の恐怖を慰めるために、子供の生き死にを支配し、子供の閉じこもりが起きた、という文脈で語られている)

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息子は「小学校からそうだよね」|引きこもりに大きな改善があった途端に喜びすぎて失敗|セラピー現場への報告(563)

息子は、引きこもりで家から全く出ない状態だった。しかし、母親である私のセラピーが進むにつれ、最近は、家から出て買い物に行くようになった。始めのときは嬉しくて驚いた。息子にばれないように表情は隠した。息子は買い物にもだんだん慣れてきたようだ。そうしていると、今度は息子が、友達と会うと「約束をした」という。今度ばかりは嬉しい表情を隠すことができず、あからさまに喜んでしまった。しかも、息子の眼鏡が傷んでいるのが気になり、見た目が悪いので、急いで「眼鏡屋さんに行こうよ」と焦ってしまった(*1)。嬉しさ余って、やってはいけないことを、ついつい、やってしまった。途端に、息子は夕飯も「いらない」、友達とも「会わない」となった。そして布団に潜ってしまった。私が困惑して「ごめん」と謝ると、息子は「小学校からそうだよね」という。小学校のころから息子の俺を、自分(母親)の思い通りにしようとしていたよね、という意味だ。私も落ち込んだ。本当に落ち込んだ。そうしていたら(*2)息子が布団から出て来て、「ごめん」という。私こそ申し訳ないと思い、自分にがっかりした。
(*1:強制する雰囲気があったのかもしれない。*2:母親が落ち込む様子の中に、息子は自分が本当に理解されていることを感じられたので、その結果、相互の謝罪が起きたと理解できる。)

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私が死んでも代わりはいるし世界はなにも変わらない|春が苦手で怒りを上乗せ|セラピーの現場から(561)

今回(明日)のセッション前は、かなり気が立っているように思います。元々、(あまり付き合いもよくない方)なのですが、友人の誘いも断ってしまい、常に怒っているところに怒りを上乗せしている気分です。
これは、セラピーへの拒絶の影響が大きく出ているのかもしれません。今までにない感覚です。明日は何か大きな変化がある気がします。何か見たくないものが隠れている気がします。
気分としては、母を殺して私も死にたいです。最近、妙に死が近いです。私が死んでも代わりはいるし世界はなにも変わらないよなぁと思っています。以前だったら、そこで本当の死を選んでいたと思いますが、今は(セラピーを始めいろいろなことが分かってきたので)考えているだけで、(実際に)自死をするつもりはありません。母に「要らない」と思われることがこんなに辛いのか…と思っています。
(次の日のセッションで、彼女は、殺したいほどの「わるい母親」の対極に隠れている「いい母親」に言及し、その結果、両者の統合が起きる兆しと見るべきなのか、自分の気持ちを説明するのに使っていたそれまで複数の人格を必要としなくなった。何か見たくないものとは「いい母親」との「統合」のことだったのかもしれない。)

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なぜその記憶を思い出したくなかったのか|セラピーの現場で(559)

失われた記憶を思い出すことには2つの価値があるように思われます。1つはその記憶そのものの重要性です。つまり、その記憶を知ることで、なぜ、その記憶を思い出したくなかったのかが理解できるようになります。自分の隠れた気持ちを知ることができます。この意味から、催眠下で思い出した(純粋に自分の力で思い出したことにはならないと思われますが)記憶にも、価値があると思われます。
もう一つは自分で思い出せる力です。つまり、記憶を失うことで不都合なことから目をそらしてバラバラになろうとする気持ちよりも、記憶や気持ちを統合して健康に生きていこうとする力を強くすることができるという意味があります。この意味から、同じ記憶を思い出しては忘れ又思い出すという繰り返し(何度も忘れる自分自身にうんざりする)、あるいは、覚えていていいはずの記憶が出てこずに苦労すること(思い出せない自分にうんざりする)にも、徐々に、思い出せる力を強くできるという価値があると思われます。

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女なんかいらなかった|女性は命の存続をかけて男に負けないように|セラピーの現場から(557)

(先日のブログ(549)の続き)    ある女性は、戸籍から家系図をつくってみることにより、祖母や母から連鎖したであろう、女性であるがゆえの寂しさ不自由さを、経済的な頑張りで挽回しようとする傾向を、自分自身が持っていること、を理解します(ブログ(549))。女性は男に負けないように働いて役に立たなければなりません。
しかし、この傾向は、さらに別の方向からも強化されます。父です。女性の父は、姉たちが家を支える経済的な役に立たず、自分が犠牲になるようにして懸命に働き家を支えました。そのような父の経験は、その後の男尊女卑の言動を強くしたとも考えられます。女は役に立たない、ということです。女性が母のお腹に宿ったとき、父は、宿った子が男であることを期待します。その期待を受けて母も、子がきっと男であると思い込みます。そして両親は女性が産まれたときに「男が良かった」と落胆します。女なんかいらなかった、ということです。
女性は、胎児期の両親の期待と生後の両親の落胆を、幼い心に強く刻むことになります。これらに追い立てられるようにして、祖母や母から連鎖する経済的な頑張りの傾向に、拍車をかけます。女性は、命の存続をかけて、男に負けないように働いて役に立たなければならないのです。
女性が嗅ぎ取っていた自分自身の秘密が、そのようにして、よりはっきりと理解されるようになりました。

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その前はこの世にいなかった|体験する似た感覚|セラピーの後で(556)

ありふれた場所、ありふれた時間に、幼い子供たちが遊んでいるのを見ることがあります。幼稚園の帰りに。立ち話の親の足元で。自宅の前で。買い物の途中の階段で。子供はどうしてあんなにかわいいのかと思います。彼らは生きることに夢中。一生懸命。つい、この前まで母のお腹の中にいました。その前は、この世にいませんでした。存在しませんでした。生きられることが当たり前ではありません。生命(いのち)が当たり前ではありません。当然の権利ではありません。

あの感覚は、私たちが、ベビーブレスの後で体験する感覚と似ています。非日常的な感覚です。しかし、それこそが望まれていたもの、欲しかったものたと感じます。日常では忘れていて、欠落していたもの。何か本質を見逃していたような、その本質。生きられることが当たり前ではなかったという事実を、ベビーブレスを通して逃げずに体験したからこそ、味わえる本質ではないかと思われるのです。

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自分自身の甘えたい気持ちを封印した結果、娘の甘えを拒否|セラピーの現場から(545)

私は、娘の甘えを許せなかった。ベビーブレスで自分を掘り下げた結果、自分自身の奥底に、止めどなく甘えたい欲求が潜んでいることに驚いた。甘えたい欲求が潜むその未知の領域の大きさ。ただただ大いなるその存在に向かって泣けた。

娘の甘えを許せなかったことがはっきり自覚できて、初めて、自分の内に甘えたい欲求が潜んでいることを納得できた!
母に甘えられなかった私は、自分自身の甘えたい気持ちを封印した結果、娘の甘えを拒否したのだった。
娘にやってしまったことの後ろめたさに、何とか、挽回し許される道はないかとさまよったが、今、許されなくていいと、はっきりした!逃げることはもうしない。

 

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どうして?幼い子供たちは生きることに夢中であんなにかわいい|体験する似た感覚|セラピーの後で(540)

ありふれた場所、ありふれた時間に、幼い子供たちが遊んでいるのを見ることがあります。幼稚園の帰りに。立ち話の親の足元で。自宅の前で。買い物の途中の階段で。子供はどうしてあんなにかわいいのかと思います。彼らは生きることに夢中。一生懸命。つい、この前まで母のお腹の中にいました。その前は、この世にいませんでした。存在しませんでした。生きられることが当たり前ではありません。生命(いのち)が当たり前ではありません。当然の権利ではありません。あの感覚は、私たちが、ベビーブレスの後で体験する感覚と似ています。非日常的な感覚です。しかし、それこそが望まれていたもの、欲しかったものたと感じます。日常では忘れていて、欠落していたもの。何か本質を見逃していたような、その本質。生きられることが当たり前ではなかったという事実を、ベビーブレスを通して逃げずに体験したからこそ、味わえる本質ではないかと思われるのです。

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何十年も隠してきたもの|怒りの破壊のエネルギー|セラピーの現場から(537)

グループカウンセリング。みんなの前で決して出してはならなかったもの。自分でも意識するのが難しかったもの。それを初めて出すことができた。激しい怒りの、破壊のエネルギー。世の中全体に対する怒り、世界を破壊するようなエネルギー。それを閉じ込めるために、自分の意識をバラバラにしてきた。長い長い間、閉じ込めてきた。何十年も隠してきた。
それを出すと逆に自分が叩きのめされると感じていた。ところが出しても何も起きなかった。みんなは静かに聞いていてくれた。みんな誰も変わらない。それは不思議なくらい。自分が怖がっていただけだった。あっけなかった。
出せた後の数日は夜の眠りが浅かった。興奮していた。しかし数日経って徐々に眠れるようになってきた。不眠が治り、リラックスしているのが自分でわかる。体の力が抜けてぐっすり眠れ緊張がなくなっている感じがする。自分に正直とはこういうことかと思う。とはいうものの、今まで隠しているつもりも嘘ついているつもりもなかった。出してみて初めてそうだったのかと思えた。
エネルギーを出すには勇気がいったけれど、出せてよかった。あの破壊のエネルギーは赤ちゃんの頃からずっと今まであったということが体感できた。
せっかく出せたのに後戻りしないように、できるだけ毎日瞑想して思い出している。瞑想中に匂いがした。ご飯が炊きあがる匂い。それまでは炊き上がりは電子音でわかっていただけ。そういえば小さい頃から匂いに対して自分の感覚は閉じていた。それが蘇ったかもしれない。

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ブレスワーク(弊社ではベビーブレス)の最中に、しらけてしまうのだけれど|セラピーの基本(536)

ブレスワーク(弊社の開発したものはベビーブレスと呼んでいる)の最中に、しらけてしまうのだけれどどうすればいいか、ということが時々あります。それほど心配することはありません。
しらけるのは、あなたの一部が、あなた自身にブレスワークをさせないよう引き止めるために、起きることのようです。背後に恐怖や不安や怒りなど出してはならない感情があると思われます。引き止めていたものが何であったのかは、感情が出た後に自分ではっきり認識することが多いようです。
別のあなたはベビーブレスをして自分を変えたい、成長したいわけですから、二つのあなたが対立し迷っているともいえます。この対立は別の場面でもよくあらわれるのかもしれません。言わば、しらけはあなたがいつも抱えている葛藤そのものだと思われます。何とかかいくぐって、感情に入っていってください。しらけが強いときには、ほんのちょっとでも入ることができれば、効果があります。一度入れば二度目からはそれほど苦労しないのが普通です。統合へ向かい迷いが少なくなります。
しらけを自力でかいくぐるときに実力がつきます。自分の方法を何とか見つけることをお勧めします。とはいうものの<どうすればいいか>ということです。人によってはしらけがやってくる方向が、ボンヤリとですが、あることがあります。例えば右から来るとか、斜め上から来るとか。であれば、それとは別の、反対の方向へ見て続けてください。ブレスワークは、真っ暗の中で、あるいは、目を閉じて行うことが普通ですので、方向を「見る」といっても戸惑うかもしれませんが、それでもボンヤリ方向と言うのがわかることがありますので、そのときには、試してみてください。

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ただ甘えたいだけ|どうしようもない母親からの脱出口|セラピーの現場から(534)


これまで私が苦しんできたのは、母からもらうことばかりだったから。今回、「ただ甘えたいだけなのに」という境地に居れた。その違いは大きい。<もらう>とか<甘える>とかの言葉の問題ではない。
母親からもらうことばっかりでいっぱいになっていた。幼い頃から愛情をもらえない渇きはほとんど命の問題だった。しかも、当の母親は、どうしょうもない、愛情をくれない母親であったため、大きな混乱が生じていた。今は、母親自身も寂しい人で、愛情を人にあげられるような余裕は無いことがわかってきた。それが分かっているにもかかわらず自分には甘えたい気持ちがある。とても激しい気持ちだ。その甘えたい気持ちは、母親とは関係なく、{独立して}{自分の}気持ちとして存在する。そういう自分がいとおしい。これが寂しさに居ることなんだ。寂しいというところに居られると、母親が関係なくなる。自分が1人で立っている。そうして、さらに、寂しいことが正面から味わえる。逃げずに居られる。

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小さいころから良い子でいようと頑張っていた|「人が怖」くて人前で緊張|セラピーの現場から(532)

小さいころから良い子でいようと頑張っていた。お母さんも自分の事で大変そうだなと分かっていた。でも、良い子でいようと思って過ごしていたら、精神的に参ってきて、「人が怖い」とか思うようになった。人前で緊張してうまくやっていけない。
高校2年のころ、母に、精神科に行って薬を飲みたいと話した。母は、精神科にいくのは「キチガイになったという事なんだよ」と応えた。「キチガイにしたのは誰だよ」と思った。凄い言い合いになって、平手打ちをされて、返して、怒りに怒った。「この人に何を言ってもダメだ」と思って、ドアをバンと閉じこもったが、これは何もならないから、出て、どうにか母を説得して病院に一緒に行った。医者とは私一人で会った。母は会わなかった。母は、医者との話の内容は聞かない。薬は自分で調べて、副作用が出ると分かり、実際にちょっと出たが、飲み続けた。薬で症状は安定はしていった。それまで学校の授業だけでなく、電車に乗るのも、人とご飯食べるのも、怖くなっていたが、だんだん大丈夫になったので、飲み続けた。ずっと飲み続けているのが5年くらいあった。
そのうち、おかしいぞと思うようになった。保育の仕事をはじめていたが、そこは心を育てる保育園で、園児の「自己肯定感」が大切だとかキーワードが出てきた。それがきっかけで、園児のことではなく、むしろ自分の事を考えるようになった。薬でなく、心と向き合って行こうと思った。
セラピーを始めた。少し進み、グループカウンセリング勉強会で人の前で話せたことが自信になった。職場では大勢の前で話す場面があると緊張するので、そんな時は事前に薬を飲んでいた。最近、同じような場面があったものの、薬を飲まずに済んだ。実は、飲むのを忘れていた。

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自分をダメにした母親への怒り|理想の母親との一体感が欲しい|セラピーの現場から(530)

自分をダメにした母親への怒りが強い。母親は、どうにもならないと頭では分かっている。それでも母親を何とかしたいと思う。怒りが掻き立てられる。ほとんど絶望的だ。子供のころ母親から本当の愛情をもらえなかった。寂しい。その寂しさには、耐えられない。いつも怒ってきた。怒りは出しやすい。怒ることには慣れている。でも、それだけでは物足りない。それだけでは自分の成長は望めないのではと感じている。このままでは、いつまでも子供のままいる感じがする。嫌だ。でも、そこのところで停滞している。つい先ごろのセッションで、自分の心の深いところにある本音に気が付いた。母親と一体になりたい。母親との一体感が本当に欲しいもの。それが本音。でも、どうしようもない現実の母親との一体はまっぴらごめん。多分、幼いころ味わった理想の母親との一体感。それが欲しい。
そこまでは分かっているのだが、それらの気づきがなかなかつながらず、堂々巡りの傾向がある。そこで、分かっている範囲でまとめてみる。
① 母親への怒りは出しやすい。
② 寂しいところにいなければならないと思う。
③ 理想の母親との一体感が本当に欲しいもの。
これらをつなげるために、①②③を使って、まとめてみた。
「自分の母親への怒りは、どうにもならないと頭では分かっている母親を、それでも何とかしたいと言う絶望的な怒りだ。母親から本当の愛情をもらえなかった寂しさにはいられないので、怒ることで自分を支えてきた。でも、それだけでは自分の成長は望めない。自分の心の深いところの本音は、母親との一体感が本当に欲しいというものだ。どうしようもない現実の母親ではなく、理想の母親との一体感だ。一人になり寂しさに耐えることができれば、人生の早期に得られていたように、その一体感が得られる感じがする。」

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涙が溢れて止まらない40年前の中学校を昨日卒業した|セラピーの休憩時間(525)

凄いことが起った!!昨日の息子が中学の卒業式だった。父親である私も出席した。でも、それは、まるで自分自身の卒業式だった!涙が溢れて止まらなかった。やっと自分が、この〇〇中学校を卒業できた。
40年近く前に、私がこの〇〇中学校を卒業したときのことを、その卒業式を、私はまるで覚えていなかった。当時、私は、シングルマザーで病弱な母に育てられ、進学する経済的な余裕はなく、母の不安定な心の状況をそのままもらって、心の余裕も全然なかった。ほとんど一人で社会へ出ていく心細さに、耐えられない気持ちだった。不安で怖くて、友達も先生も卒業式会場も何もかも全く覚えていなかった。ただただ真っ暗な空間に包み込まれて、おびえているひ弱な自分がいるだけだった。
その後、セラピーを重ね、自分の中に隠れていた怒り、恐怖、不安、母親への隠された心情を扱った。そして最近、徐々に、自分の本当の姿を味わうことができるようになってきた。感情が甦り(よみがえり)、家族への愛情が自然に湧くようになっていた。
そして昨日の卒業式の会場!!広々とした思い出の詰まっ体育館、一緒に過ごした友達の顔、優しい先生達、懐かしい学校の匂いなど、当時の感覚でよみがえってきた。不思議!当時の私がそこに居た。昨日、友達と楽しそうに絡む息子は、実は私だった。40年近く前にはできなかったが、本当の私は、まさに、そのようでした。それが本当の自分の姿でした。
今もまだ、思い出すと涙が溢れて止まらない。自分のこと(セラピーを通しての自分の探求)やっててよかった。本当にありがとう。

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アニメ妖怪「顔なし」は自分であり母であり|解き放たれる寂しいという感情と満足|セラピーの現場から(519)

経営する店の従業員の人間関係が、なかなか、うまくいかない。経営者である自分自身の問題があって、本当の感情を抑えてしまい、これもうまくいかない感じがしていた。
ところが、自分のセラピーが知らないうちに心の奥で進んでいたのか、ある日、それは起きた。うまくいかない問題の中心の従業員に、ガンガンやった(怒った)。始めてというくらい自分の中にあった怒りを全部出した感じ。凄くすっきりした。帰宅したとき奥さんに「何か良いことあったの」と言われたくらい。次の日、人の話を聞いていても、全部出した後なので晴れやかに聞けた。
後日のベビーブレス
感情が出て泣けた。自分でも驚くくらい自由かもしれないと思う。
続いて、自分の正体を暴露するようなイメージが出てきた。
アニメ映画の「千(せん)と千尋(ちひろ)」の中で登場する妖怪の「顔なし」のイメージが出てきた。まるで自分だった。従業員を激しく怒ってしまったこと、自分が自由になる感じがすること、今まではできなかったということ、怒っていながら罪悪感のような恐怖があること。これら今起こっていることで寂しくて怖くて、顔なし(私)が千(お母さん)に求めるけど、(求めは満たされず)寂しくて(寂しさを紛らすために食物を)食べている。そして、苦(にが)団子を食べて、(諭(さと)されるように)シュッとして寂しくている。苦団子はベビーブレスで吐き出すこと。シュッとして寂しく(隠していた正体の)顔なしになっている。
寂しい自分が本当の自分だろうな。「お母ちゃん、お母ちゃん」とお母ちゃんを求めていた。ずっと泣いていた。恋しくて愛おしくてずっと泣いていた。凄くお母ちゃんを求めた。キチガイ(注:母は心を病み入院した)じゃない(本当の)お母ちゃんも(心を病むほどに)寂しかった。兄ちゃんも寂しい。みんな寂しい。ここに来て(自分の正体がわかるようになって来て)、求めていても(本当には)満たされない。でも求めているので満足。それでも(お母ちゃんは)いない。(昔は目の前のお母ちゃんを)求めることもしなかった。(今は求めるということを)声に出して吐き出してそれで満足っていう感じ。でも寂しい。お母ちゃんの寂しさをリアルに感じる。声を出せば出すほど寂しい。

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自分にある健忘に気が付かない|背景に幼い時の辛いことか|セラピーの現場から(517)

人は色々のことを忘れます。便利でもあります。でも、重要なことを、思い出そうとしても思い出せないと生活や職場でに困ることになります。度々だととても困ります。何か原因があるかもしれません。その場合には、幼い時に対応できないほど辛いこと(例:虐待)があり、忘れるという作用を強めることで対処する癖を、身に付けてきたのかもしれません。大人になっても、その癖は続き、何かまずいことがあると、すぐに忘れてしまう。忘れたことに気がつかない。職場でも迷惑をかける。「誰がそんなヘマをしたんだろう、俺じゃない」なんてことになることもあります。

さらに、忘れるだけでは間に合わないこともあります。辛い出来事が大きすぎると、忘れたくても忘れられず、単に忘れるという作用は役に立たないことになります。すると、一人の人間でありながら、その出来事に別の人格を割り当てて、本来の人格との間では連絡が取れないようにすることで対応しようとします。なかなか自分で認識できることはできません。そうすることで、辛くても忘れられない出来事は、その別の人格Bが担当してくれるので、本来の人格Aが、思い出す必要はなくなります。人格Aの状態の人に、人格B担当の出来事をたずねても、雲をつかむような戸惑った表情を浮かべるだけ。鉄壁の忘却ともいえます。この忘却の方法がさらに強化されると、複数の辛い出来事ごとに、それぞれ人格を割り当て、人格ABCD・・・が一人の人間の中に存在する、ということにもなります。

グループカウンセリングなどに参加していると、日常では分からないことも分かることになりますが、前者(健忘)は珍しいことではなく、割に多く見られる作用のように思われます。後者(人格が複数)は、はっきり現れる例は少ないようですが、その人の心の深いところに入っていくと、これもまた、それほど珍しくないのではなかろうかと感じられます。前者のことを解離性健忘といい、後者のことを解離性同一性障害(多重人格)というようです。

忘れていることに気付くようにすること、原因となっている幼い頃のことを思い出してみること、これらの試みは普段の生活でもできます。

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「毒親」に気がつくのは軽傷の子供|セラピーの現場から(513)

自分の親が「毒親」だと気がつくのは、軽傷の子供の場合のようです。子供にとって毒親と気がつくのには大きな勇気がいるからです。子供にとって親はどんな親でも命の基盤です。自分を産み育ててくれた大きな宇宙です。それを否定することは、簡単には、できません。やっつけることは簡単にはできません。非難することは容易ではありません。なぜなら、それは「失う」ことになるからです。命の基盤を失い、宇宙を失い、心(幼いこころ)は生きてはいけません。大きな不安や恐怖に直面します。
だから気が付かないまま抑え込まなければなりません。しかし、抑え込んでも傷自体がが治るわけではないようです。かえって傷は膿み塞(ふさ)がれ重くなります。外出できず、動けず、表現できません。抑え込んで重篤になります。それでも「失う」不安や恐怖よりは増しなのです。
不安や恐怖への直面は、一人ではできなくても、カウンセラーや仲間と一緒にいることで可能になります。不安や恐怖は弱められます。直面することで徐々に傷は開放され癒されていきます。

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私は2度捨てられた|母親は宗教に入信|心理セラピーの現場から(512)

母親は宗教に入信した。そのことで私は2度捨てられた。小さい時に私は母親から愛情を貰えずに捨てられた。大きな傷になった。大人になりその傷を修復する作業し始めた。始めは、その傷がどこから来るのか、はっきりしなかった。作業を続けるうちに、そこには母親がいた。原因としての母親がいた。原因が分かり、私は、母親にそのことを問い詰めたかった。しかし、母親は入信した宗教を守りとして、私の言い分には耳をかさない。そうやって、母親は私をもう一度捨てた。
母親には母親の傷があり、傷の原因があると、頭ではわかっている。でも、どうしても許す気にはなれない。遠くない時期に、私が母を看取る時期がやってくるだろう。許せないが、ことの全体をわかっている事はせめてもの救い。

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阿闍世コンプレックスの妥当性をなぜ仏典に求めるの?|心理セラピーの現場から(506)

心理トラブルの深い部分を探ると、母親から出生を本当には歓迎されないのに産まれてきてしまった、という事情が隠れていることが多々あります。そのようにして生まれてきた人が抱える葛藤は、阿闍世コンプレックスと呼ばれます。この名称(名前)の由来となった阿闍世王の物語が、仏典にあります。しかし、阿闍世王の物語を載せる仏典は複数あり、物語の内容も少しずつ違うようです。そして必ずしも、阿闍世王の物語の中に、阿闍世コンプレックスと呼ばれるコンプレックスが正確に描かれていないのではと、妥当性が議論されます(例えば「阿闍世コンプレックス」小此木啓吾 創元社)。まるで、正確に描かれていないと、阿闍世コンプレックスという概念そのものが妥当でなくなるような勢いで、議論されます。
そのような議論は、心理セラピーの現場からいうと、無意味な感じがします。阿闍世コンプレックスは、あるコンプレックスの名称にしかすぎません。名前自体は何でもいいはずです。ABCコンプレックスでも、胎児コンプレックスでも、構わないはずです。母親から出生を歓迎されないのに産まれてきてしまったことが原因となって、深刻な葛藤が、実際に多くの人に共通して存在するのは事実です。多くの共通した事実があるので、この共通性に対して、一つ名称を付けましょうというのは、便宜上、当然のことです。
また名称を離れて、阿闍世コンプレックスという概念そのものの妥当性は、心理セラピーの現場で議論されるべきでしょう。そもそも仏典は、お釈迦様が亡くなって、かなり時代が下って伝承により書かれたものだそうで、しかも、その書かれたものも、さらに時代が下り人々に受け入れやすいように色々に書き直されていることが予想されるのですから、仏典の事実内容の正確さを云々するのが無理ではないでしょうか。

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自分の問題を早く片付けたいと思ってしまう落とし穴|心理セラピーの現場から(502)

セラピーが進むと、やがて実力がつき、自分の真の問題が見えてくるようです。ところが、その問題の奥深さも見えてきてしまいます。そして、自分の問題を早く片付けたい、と思うようです。この「早く」が、実は、訳ありなのです。早く片付けたい時は何かを温存したい。早くやってその温存に手をつけさせないようにしたい。そして、その何かが温存されるが故に、結局は長引いてしまいます。それが温存されている限りは真の問題は解決しない、ということになるようです。

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お互いを失いたくない:それはなぜか?その背後にある何かをこそ|相互依存としての母娘関係(501)

「母を棄ててもいいですか?」(熊谷早智子 講談社)という本には、次のような意味の文章があります。母娘関係の相互依存から抜け出せない仕組みとして、母親側からは娘へ「あんなにしてやった」「こんなに面倒を見てやった」と刷り込みを行い、娘に「母に恩を返さなければならない」と思わせたい<娘を手放したくない>気持ちがある。他方、娘側には「母には自分<娘>への<本当の>愛情がないと認めてしまったら、<自分は>絶望するのではないか」と不安になってしまう<母を本当に失ってしまう>という気持ちがある。(なお< >書きはこのブログで追加)
お互いに、お互いを手放したくない、失いたくないという気持ちが背後にあるということだと思われます。このことは、弊社アコールの心理セッションでも常にテーマになるところです。では、さらにその背後には、何があるのでしょうか。手放し、失ったなら、何が起きるのでしょうか。言葉にならない領域です。ベビーブレスではその領域を味わうことができます。とても大切です。味わうことで大きな成長が起きてくるようです。

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178 初ベビーブレスの感想

おはようございます。昨日はありがとうございました。IMG_6799感覚的な感想なのですが、胸のつかえがとれた感じがします。心のフタが取れたというか。頭のモヤモヤはまだ取れませんが、不思議と気分はいいです。よく眠れました。呼吸がしやすいです。身体も少しですが軽い気がします。生理痛が軽いです。いつもは生理がくると寝込んでしまいます。それがありません。次行ったら、もっと怒りたいなぁ、楽しみだぁと思っています。

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176 私がいた

母親に怒りたかった。弱い母だから怒れなかった。いい子をやるしかなかった。そう思っていた。

でも、母親が弱いから怒れないのではなかった。自分が怒れなかったことに気づいた。

ベビーブレスでは怒った。分かって貰えなく寂しかった。寂しくて怒った。

そのうち「お母さん」と声が湧き出てきた。お母さんを求めている。物凄く求めている自分だった。びっくりするほど求めている。

ただただ「お母さん」って泣いた。私がいた。

 

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146 生きている実感

それぞれの子どもに意識を向けて(それまで、できなかったこと)生きている私がいる。幸せだ。

私自身は母に意識を向けて貰えなかったいらない子なのに。IMG_6602

母への想いを諦めなかった私が自然とつかんだ大切な宝物。

ベビーブレスでいろんな感情を吐き出し、味わった、、

今振り返りながらも感動して涙がでる。

感情がとても豊かになり自分自身を生きている実感がある。

今も母の存在は遠く遠く感じている、もちろん私は諦めない。

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143 初めてのベビーブレス

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本日は1日セッション、本当にありがとうございました!

ベビーブレスでは心から解放感を味わう事ができました。
カウンセリング中は笑いが絶えなくて、とても楽しかったです。またゆっくりとお話がしたいです。
今後もセッションを継続していきたいと思います。
以下に感想を記載します。
【ベビーブレスの体験感想】
ベイビーブレスを受けての感想を一言で言うならば「心が洗われて本来の自分に戻れた」です。
本番での三回のセッションでは段階を通じて、抑圧してきたネガティヴな感情(怒り、嫉妬、悲しみ…)を解放させて、抱えている問題の根本と真正面から向き合う事ができました。
セッション前と後では明らかに自分の表情が変わり、本来の自分の感覚や欲求が蘇ってきました。
本番を迎える前から二、三週間程、メールのやり取りでカウンセリングを行い準備をしていた為、 本番では抵抗なく自分と繋がる事が出来たと思っています。
言葉では上手く表現出来ませんが、生まれて始めて「浄化」を体験出来て、とても貴重な時間でした。今後も継続して本来の自分と繋がっていきたいと思います。

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ベビーブレス体験集(本の内容)

 

82 車道の真ん中へダーーッ

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車道の真ん中へダーーッ:孫の話その4(反抗2)
私の娘の子供つまり私の孫、名前はみーちゃんである。彼とはよく散歩に行く。娘の家へ散歩の迎えに行く私を、彼はダンスしながら出迎える。散歩は彼にとって大きな冒険の場。家ではできない大きな反抗の場でもある。できるだけ彼の好きなようにやらせる。大きな怪我をしないようにするだけが私の役割である。
彼にはたった1つ禁止してることがある。車道に出てはいけない。ところが、この禁止が、彼の標的になる。彼は、歩道から車道ぎりぎりに立ち、こちらに背中を向けて立つことがある。またやるなと思う。「それはだめだよ」私の小さめの声を背中に聞きながら、彼は、車道を車が走っていないことを確認すると、車道の真ん中へダーーッと駆け出す。彼の決然とした反抗である。この話を、私の気持ちの上の孫娘、なーちゃんにした。なーちゃんはそれは愉快そうに笑った。同じ話を別の日に、みーちゃんのいる前で娘に、した。娘は普通に聞いているだけだったが、横で聞いていた本人のみーちゃんは、はにかみながら、とてもいい笑顔になった。大人はよく理解できないが、子供はよく理解している。ベビーブレスをマスターすると、よく理解できる大人になる。子供のように楽しい人生を送れるようになる。

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70 心の奥の秘め事

娘の甘えを許せなかった私は、ベビーブレスで自分を掘り下げた結果、自分自身の奥底に止めどなく甘えたい欲求が潜んでいることに驚いた。

甘えたい欲求が潜むその未知の領域の大きさ。ただただ大いなるその存在に向かって泣けた。

娘の甘えを許せなかったことがはっきり自覚できて、初めて、自分の内に甘えたい欲求が潜んでいることを納得できた!
母に甘えられなかった私は、自分自身の甘えたい気持ちを封印した結果、娘の甘えを拒否したのだった。
娘にやってしまったことの後ろめたさに、何とか、挽回し許される道はないかとさまよったが、今、許されなくていいと、はっきりした!逃げることはもうしない。

今日、 あれほど心の通じなかった母に、謝られた。「だから許して」と言われた。はっきり分かった。

子供の甘えを許せない私のような母親なら、ほとんどの人が認めたくない心の奥の秘め事。

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69 好き嫌いをお母さんに感じられていないのが凄く悲しい

 

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母さんと、小さい頃に分かれた。その時の母さんへの気持ちは封印されていたが、ベビーブレスを重ねて最近、よみがえってきた。
(ベビーブレスの中で母さんに)「会いたい」って言った。言えてよかった。会いたくて泣いた。追いかけた。こっちを向いてくれないのが「嫌だ」と言って、「好き」と言ってみた。だけど、好きと思える部分がお母さんに「ない」となって、「何もない、何もない」、何もない事で泣いた。「お母さん!」とやっている時は会いたい気持ちの中に「好き」があるけど、ふと気が付くと、母の中に好きな要素がない。何もない。ない事が悲しい。 好き嫌いをお母さんに感じられていないのが凄く悲しい。
泣いている中で、母の代わりに別の人が、次々と出てきた。母さんを感じられる雰囲気要のある人といたいと思うのかなと。向いてくれない(つらい)感じとかわかってくれる人かなと。現実は(母さんには)会えないから、(代わりに現実に)居る人を追いかけるものがある。そういう人に引き寄せられるのかなと思った。
でも、 お母さんお母さんと言えた。ベビーブレスの中で追いかけるお母さんと繋がった感じ。ベビーブレスの全部の呼吸の中にあって、現実に戻りたくないというのがあった。 ずっとここにいたい、止めたくない。繋がっていたい。

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