うまくいっていたセッションが何度やってもうまくいかない|セラピーの現場(594)

セッションがそれまではうまくいっていたのに、何度やってもうまくいかなくなることがあります。うまくいっているときはご機嫌でも、そうでないと不愉快になってしまいます。誰かのせいにしたくなり、無駄をしているように思えます。
でも少し待って。うまくいかないときにこそ真剣に対応することで、それまでになかった成果が、見えないところで密かに築かれているかもしれません。実は、本質的な大きな問題が解け(ほどけ)かかっているのかもしれないのです。

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母親は嫌いだが思い出せない話したくない|それが手がかり|セラピーの現場から(573)

 

あなたの母親はどんな人でしたか?とお尋ねすることがあります。すると、例えば「母親は嫌いでした」と答える人々がいます。そうは答えるものの、詳しいことは話しにのぼりません。細かなことは思い出せないか、話したくないということなのでしょう。そんな場合、実は、もう半分の隠れている部分があるかもしれないのです。現実の母親は、嫌いなどうしようもない人かもしれませんが、あなたの心の中の隠された母親には、ひよっとして、本当は今でも心から愛情を求めているのかもしれません。隠されているのは、辛いことだからと考えられます。であれば、その思い出せない、話したくないということが手がかりになると思われます

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憎しみを感じるほど愚かな母親と自分の命のような母親と|同じとは認められない|セラピーの現場から(538)

 

多くの人にとって、自分の苦しみが、母親との関係で苦しんできたことが分かってきます。しかしなぜ、それほどまでに苦しむのか。大人になった自分が、目の前の年老いた母(今は経済も肉体的力も失っている人)によって、なぜ、いまだに、これほどまでに苦しむのか。それが分かりません!しかし、そのうちに、うすうす分かってきます。目の前にいる「愚かな母親」と、自分が知っているはずの「いい母親」が同じである、ということを<認められなくて>苦しんでいることが、かすかに分かってきます。認められることが突破する鍵です。クライン的な突破です。

でも、そもそも「いい母親」を自分は本当に知っているのか。探すことが始まります。目の前にいる愚かな母親に憎しみこそ感じるものの、その母親の中に「いい母親」を探すことは、無駄なことのように思えます。ばかばかしく思えます。しかし勘違いしないようにしましょう。愚かな母親の中にムリヤリ「いい母親」を見つけたつもりになり、妥協し、偽善をしようということではありません。
そうではありません。実は「いい母親」と言うのは、私たちが幼かった頃に<感じた>母親です。幼かった私たちは、無力であり、純真であり、どんな母親にでも、けなげに付いていきました。その母親の庇護(ひご)のもと、はじめて生きることができました。幼い子供の目に映る母親には、命を助けてくれる「いい母親」が映っていました。これは主観的なものです。実際に「いい」ことが証明されうるというような客観的なものではありません。

ヒントになる話があります。カルガモの[刷り込み]の実験(コンラット・ローレンツの実験)というのがあります。生まれたてのカルガモのひなが、初めて見た動くものを、母鳥と思い込みます。例えば、風船やおもちゃの汽車を母鳥と思い込み、懸命に付いていきます。その懸命さは、けなげで、本物の母親を慕うようで、見ているこちらの胸が痛くなります。主観的には風船は「いい母親」なのです。すばやく盲目的に付いていくことで肉食獣から命を奪われる確率が減ります。命そのものがかかっているのです。客観的には、風船は、ただのゴム膜と空気であり、いい母親などではありえません。そもそも生き物でさえありえません。しかし、命を守るために客観性は捨てられるのです。

「いい母親」と言うのは主観的なものです。幼い子供の主観です。思い出すために、通りがかりの乳母車の中の赤ちゃんの目を、覗き込んでほしい。「いい母親」は、私たち幼い子供が、汚れないまごころでつかんだものです。傷つく心をかえりみず懸命に受け入れたものです。天使のような純真さで手に入れたものです。現実でない世界に存在するものです。できの悪い母親、悪意の母親の存在では消し去れないものです。「いい母親」は幼い私たちの心の中に厳然として存在していました。そして今も心の中に存在するのです。私たち自身の命のようなものです。かけがえのないものです。

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どうして私がそんな心の傷を負わなければならないのか嫌だ!という「なぜだ!」|セラピーの現場から(526)

 

私たちは、心が辛すぎて「なぜだ!」と叫びたいことがあります。ベビーブレスでは、自分の心の傷に直面するときに、実際に経験することがあります。幼い頃から作られた切ないほどの傷に、心からの叫びが上がるのです。うまくいかない人生のカラクリも浮かび上がります。ところが、この「なぜだ」には二通りの種類があるように思われます。一つは傷の理由を知りたいという「なぜだ」です。もう一つは、私に何一つ落ち度はないのに、どうして私がそんな傷を負うひどい目に会わなければならないのか、帳消しにしてほしい、迷惑だ、嫌だ!という「なぜだ」です。

自分の心の中のことだけではありません。例えば、殺人犯に子供を殺された親御さんが「なぜだ」と死刑囚となった殺人犯に面会に行くことがあります。裁判で明らかになった内容には満足できないのです。何かが足りない。何かを理解したい。顔を見て心を覗きたい。そういう気持ちです。
もう一つ。殺人犯に子供を殺された親御さんが「なぜだ」と、死刑囚となった殺人犯を、一度の死刑では足りず、何度でも殺し続けてほしいと願う気持ちです。私の子供に私に何一つ落ち度はない。犯人を粉々にしてほしいと思う。恨んでも恨んでも恨み足りない。怒っても怒っても怒りたりない。そういう意味の「なぜだ」です。
子供を殺される体験は稀でしょうが、幼い自分自身の魂を殺された体験は、稀ではありません。それに気が付いたとき私たちの「なぜだ」はどっちになるのでしょうか。大きな岐路のように思えます。

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316 受け入れきれないことを正直に話す

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セッションがその人の心の奥へたどり着けばつくほど、本当のことがだんだん分かり、否定的な気持ちに直面することがある。受け入れきれないことがある。その場合には、隠そうとせずに、受け入れきれないことを正直に周囲の仲間に話すことが役に立つ。皆、多かれ少なかれ、同じような体験を持つ。

 

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310 どっちの「なぜなんだ」?

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辛すぎて「なぜなんだ」と叫びたいことがある。殺人犯に子供を殺された親御さんが「なぜなんだ」と死刑囚となった殺人犯に面会に行く。裁判で明らかになった内容には満足できない。何かが足りない。何かを理解したい。顔を見て心を覗きたい。
もう一つ。殺人犯に子供を殺された親御さんが「なぜなんだ」と死刑囚となった殺人犯を、一度の死刑では足りず、何度でも殺し続けてほしいと願う。粉々にしてほしいと思う。悔やんでも悔やんでも悔やみ足りない。怒っても怒っても怒りたりない。
子供を殺される体験は稀だろうが、幼い自分自身の魂を殺された体験は、稀ではない。それに気が付いたとき私たちの「なぜなんだ」はどっちになるのか。

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307 私は愛しているのになぜ通じないんだろう・・・

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子ども愛していると思っている。愛しているから子供をなんとかしようと思う。「こうして欲しい」「ああして欲しい」「ああなって欲しい」「そうしてはいけない」「それはだめ」「あれはだめ」。なのに子供私の言うことを聞いてくれない。私は愛しているのに。なぜ通じないんだろう。

 

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306 自分を信じる:納得できない人は知っている

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納得できない人は知っている。納得できるとはどういうことか。それが間違っていようがいまいが、あまり関係ない。自分が納得する方向を探すべき。たくさん誤りをしても、その誤りが納得できれば、結局は一番の近道。感覚を研ぎ澄まして進む。自分を信じる。

 

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301 どうして:訳をしりたい⇔ああいやだ

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ベビーブレスで、あることを思い出す。幼少期のつらい体験。あまりのつらさに「どうしてだー」と思う。「どうして」そんなつらい目に合うことになったのか。事情を知りたい。事実を知りたい。訳を知りたい。その体験が自分の人生を解くカギを握ると思う。大きな手掛かりになる。さらに思い出す。そうして自分自身の謎を解き明かす。成長が続く。
ところが、そのすぐ脇には大きな落とし穴がある。落とし穴に落ちることがある。「どうして」そんなつらい目に合わなければならないのか。不合理だ。自分だけ不公平だ。理不尽だ。ああいやだ。そんな体験がなければよかったのに。思い出さなければよかった。そうして、思い出した内容を受け入れるのにしばらく時間がかかる。やがて受け入れが起き、内容を消化し、落とし穴から這い上がる。

 

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299 お前が甘やかすからだ・・しかし・・

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子供が言うことを聞かない。お前が甘やかすからだ。しかし甘やかすずに厳しくしたら子供は言うことを聞くのだろうか。ポイントはそこには無い。ほんとに子供を愛せるのか。自分を愛せるのか。自分の人生を気にいっているのか。自分が人生を本当の意味で歩んできたのか。
子供を思い通りにしようとする。子供の人権や人格はどこにもない。邪魔なだけ。生活費を稼ぐのに精一杯。子供は只々(ただただ)言うことを聞いておとなしく親の思う通りになってほしい。

 

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298 解き放たれて開き肯定的に

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セラピーの現場では、その人の未開の部分、否定的な部分を扱うことになる。それで初めて、解き放たれて開き、肯定的になる。既に開いて肯定的になった部分は、現場では扱わない。セラピーの宿命。しかし、開き肯定的な部分が大切であることに変わりはない。その部分は自分でさらに慈しみ、セラピー仲間に話をしてほしい。話すほどに確固たるものになる。黙っているのはもったいない。話しを聞いた人への勇気づけにもなるのだから。

 

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295 目を閉じ静かにして思い出す

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ベビーブレスの中で、大きな気づきがあり、エネルギーが体に充満して、今までの人生ではなかったように大きな声で笑えた、というような体験をすることがある。その感覚を家に戻っても思い出してほしい。目を閉じて静かにして思い出してほしい。そうして、人生が変わっていくのを援助してほしい。

 

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290 母親は嫌いでした

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あなたの母親はどんな人でしたか?「母親は嫌いでした」と答えるものの、細かなことは話したくない。そんな場合がある。現実の母親はどうしようもない人かもしれないが、あなたの心の中の母親には、ひよっとして、本当は今でも心から愛情を求めているのかもしれない。であればそれが突破口になる。

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282 産みの母との2者関係

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フロイトは、いわば、父母息子の3者関係を中心に精神分析を発達させていったが、母子の2者関係をあまり扱わなかった。それは、「フロイトの防衛が働いていた」(「阿闍世コンプレックス」P55)と批判される。
ベビーブレスでも、隠されていた父への怒りが出て、それで勤め先などの社会的なトラブルが改善され、セラーピーを終了させる人もいる。3者関係の一部とも思われる。しかし、多くは、それだけでは満足せず、産みの母との2者関係へ進む。

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281 母親はいい人でした

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あなたの母親はどんな人でしたか?「母親は嫌いでした」と答えるものの、細かなことは話したくない。口ごもる。重い気持ちになる。そんな場合がある。ひよっとして、現実の母親はどうしようもない人かもしれないが、あなたの心の中の母親には、本当は今でも心から愛情を求めているのかもしれない。であればそれが突破口になる。

 

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280 途中をしっかり納得

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人が赤ん坊から大人に成長する過程で、人間関係は外側の方向へ広がる。大よそ方向は、母親、父親、兄妹、親戚、友達、職場の人、配偶者、自分の子ども、というように、外側の方向へ。セラピーで人間関係のトラブルを扱い、その原因をたどると、今度はほぼ逆の方向で、内側へ向かい、最後は母親になる。途中をしっかり納得することが、本当に最後のところまでたどり着くコツ。

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279 愛憎と生死

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自分と母親との関係を自分で見抜くのは難しい。母親への愛憎のアンビバレントの背後には、自分自身が生きるか死ぬか(生死のアンビバレント)が存在する。実は私たちは、毎日、その中で生きている。

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260  999球のボール

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ストライクが投げられるように練習してたくさんの球を投げる。1,000球目にストライクが入るようになる。999球の苦しいボールは無駄だったのか。いいえ。それこそが必要だったはず。同じことが、自分を回復するセッションでも言える。ブログで正解と思われるものだけを探してもそれは意味がない。プロセスにこそ意味がある。999のプロセスに意味がある。それなしでは納得できるようなことには達しない。どうか勘違いの起こりませんように。

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251 夜明け前

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セッションを続け、改善が続く中、本当に良くなる前に急に悪くなることがある。夜明け前が一番暗い。

たとえば、不安や恐怖に悩まされ、それをテーマとして扱っているときに、不安や恐怖の原因がだんだんわかってきて、改善が進み、不安や恐怖が弱くなって来てくる。ところが原因のその奥の本当の原因に着手し始めた途端、不安や恐怖が急に強くなり、後戻りの現象が起きる。そして後戻りの直後に大きな本当の改善が起きる。そのようなことがしばしばある。「夜明け前」と呼んでいる。

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250 ショーケースに飾られた料理の見本

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ブログの例はショーケースに飾られた料理の見本のようなもの。見本を見たからといって料理を食べたことにはならない。

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「193 観ている自分」と「しらけ」

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「観ている自分」は「しらけ」とは反対のこと

ベビーブレスなどで、自分が再体験し味わっている感情、記憶、苦痛を観ている自分がいます。これは、自らすすんで再体験しつつ、しかも観ることができる力があることを意味します。この力により、自己治癒がおきます。しらけとは違います。しらけは、再体験し味わおうとすることを、邪魔し、引き留めようとする力です。観ないでいようとするための、反対方向の力です。観ることができているときには、しらけは来ないので、自分でわかります。

しらけないようにするには、自分のコントロールを外すことです。コントロールを外すには、表現手段の全てを動員することをお勧めします。コントロールが外れる瞬間は怖い感じがするかもしれませんが、大丈夫。開放される快感を味わうのが普通です。それも慣れてしまいます。コントロールが外れ、強い感情が出ているときでも、そのこと自体を観ている自分がいます。

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134 怒りは生のエネルギー

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怒りは生きようとする生のエネルギー。怒りが大きいという事は、周囲は迷惑かも知れない。自分自身も何とかしたいと悩むかもしれない。しかし、エネルギーが大きいということは有利。自分の問題を突破するエネルギーになる。このエネルギーは、やがて、自分が抱える母親へのアンビバレンツを見抜くことに使われる。母親への愛着(生)と殺意(死)。大きなエネルギーで両方が十分に扱われ深く洞察され、そうして初めて統合が起きる。起きないとすれば、どちらかが、あるいは両方が、不十分、深さが足りない可能性。何がブロックしているのか探るのは役立つ。

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132 世代間伝達2つの受け止め方

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親から子育て中に受けた私たちの心の傷は、癒されないままでいると知らないうちに、私たちの子供に伝わる。そうして代々と伝わる。世代間伝達。そのことに気付いたとき、呆然としたり、しまったと思ったり。2つの受け止め方。180度逆方向の受け止め方。
(1)だから、私に罪は無い。罪があるのは母、祖母、曾祖母・・・、世代間伝達の上流側。上流側全員の罪を無垢な赤ん坊だった私一人に押し付けられてはかなわない。どうして私に何か罪のようなものがあるの。それどころか私は、上流側全員の罪悪を一人かぶった被害者だ。とてもとてもひどい目に会った。今も不幸だ。抜け出せない。子供にはわるいが、助けて欲しいのは私の方。傷を観なさいなんてほんとうは言ってほしくない。辛すぎる。優しくしてほしい。母は傷に気が付きたくない。祖母も自省的ではなかった。きっと曾祖母もそうだろう。そんな大勢に私一人ではかなわない。私にだけ言わないで。この苦しさから逃れたい。楽になりたい。
(2)この傷の責任は母、祖母、曾祖母・・にあるのだろう。しかし私は逃げずに自身の傷の深さを観た。この傷は私のもの。誰のものでもない。傷の深さは私自身の人間性の深さ。目もくらむような深さ。その深さを通して、はじめて、私の子供の傷を観ることができる。やってしまったことに愕然とする。悲しみがあふれる。愛おしさがあふれる。私で世代間伝達を断ち切りたい。エンドレスチェーンの中の私という鎖駒を断ち切って自由になりたい。カラクリをすべて見抜きたい。私の子供の子供(孫)もひ孫も、子孫営々と不幸になってしまうのもいやだ。それより何より私が本当に自由になりたい。

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125 ”ほんとうにやってしまったんだ!”

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子育ての失敗で、被害者であることを実感することは、とても大切。ところがひとによって違う。そこそこで終わるひと。しっかりと実感するひと。
被害者であることをそこそこに実感すれば、自分が加害者であることの罪は比較して軽くなる。自分が真の加害者であるということまで届かなくできる。そうすれば自分を守ることができる。自分が苦しまなくて済む。
”だってアタシだって愛情をもらってないんだから!”
”アタシの母親だって愛情もらってなかったんだから母親を恨むのはコンナトコで許しといてあげるわ!”
他方、徹底して被害者であることを味わうことは、自分が被害者として受けた心の傷の痛さを逃げずに観ること。辛く苦しい。そこから逃げずにいると、子供への本当の共感が手に入る。つまり初めて真の加害者となる。
”ほんとうにやってしまったんだ!”
自分が加害者であったことを真にわからなければ、どうして子供への本当の愛情が湧いてくるのだろう。本当の愛情が湧いてこないのであれば、それは十分には観ていない。

 

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119 「この子さえいなければ・・」と思ったことがあるのを忘れている

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自分自身の子供を堕胎した事実さえ忘れていることがある。記憶にないことがある。悪人だからではなく、それに耐えられないからである。生まれて今は立派に(肉体的には)育った子供も、その子供が自分のお腹の中にいるときに、「この子さえいなければ・・」と思ったことがあるのを忘れていることもある。
一方で、ベビーブレスなどで、心の傷の深い部分に入って行った際に、母親が自分の妊娠を望んでいなかったことをに気がつき、今まで自分を苦しめていた傷として納得し、その傷の大きさに圧倒されることがある。
後者の重大さを体験することは起きやすい。しかし、前者のことの重大さに気が付くことは、起きにくい。まるで他人事である。2つには大きな大きなアンバランスがある。被害者としての傷の大きさには耐えられても、加害者としての罪の意識には耐えられないのかもしれない。だからまず、自分の心の傷を徹底してやる。そして、阿闍世コンプレックスの重大さを十分に理解する必要がある。

 

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117 甘えは突破口

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甘えは大きな突破口になる。甘えることは思ったより難しい。甘えることは自分を裸にすること。無防備にすること。恐怖が来る。「いい母親」に甘えようとしても、すぐそばには「わるい母親」がいる。心を無防備にした瞬間に、バシッとやられる怖さ。人によっては死の恐怖に近い。勇気を出してこころから甘えることができたとき、「いい母親」と「わるい母親」は統合され、統合からくる真の恐怖が克服できる。
対象を選んで甘えるトレーニングをする。優しい順に。
犬や猫などのペット:例えばペットと同じ床に寝転んでペットに触ってみる、抱っこしてみる。ペットの方が積極的なので甘え方のヒントになる。
子供たちのうち、自分と仲の良い子供:自分がペットになったような気持ちで子供に膝枕してみる。肩に頭を載せてみる。口に食べ物を入れてもらう。
苦手な子供:仲の良い子供と同じようにやってみる。
夫:子供と同じようにやってみる。
母親:最後の仕上げ。

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115 世代間伝達とそれを越えて

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<世代間伝達>
セッションが進むといつも間にか取り組むことになるのが、世代間伝達。
私たちの心の悩みが、母、私、娘へと伝達されているということを観抜くようになる。例えば、心の中にある自閉、恐怖、殺意などのことは、母、私、娘に似たものが同じようにあるのではないかと気が付く。そして母、私、娘の順に伝わっているのではないか、と。さらに、(例として)自閉、恐怖、殺意は互いに関係があるのではないか、と。
<実際の体感>
はじめからは、分かりにくい。多くの場合、はじめの段階は純粋な怒りや恐怖を体験する。誰に対する怒りか、何に対する恐怖とかは、出ないことが多い。
そのうちに対象がはっきりしてくる。特に母親が重要で中心的なのが分かってくる。さらに、母親から被害を受けたことがセッションの中心となる。対象は母親で私たちは被害者である。いよいよ重要な段階になる。この段階が勇気をもって十分に納得がいくまで体感されることが重要。この段階で、隠されたものを十分に意識化するには、いい母とわるい母(クライン)の全体的な認識が効果的。
臆せずにこの段階を余すことなく体感できれば、次の段階で、私たちは同じようなことを子供(娘)にやってしまったことを思い出す。私たちは加害者でもあったのだ。このとき自分が悪人でありえたという罪意識に耐えられることが重要である。あの幼く可愛らしく純真であった我が子に「やってしまった・・・」と。耐えられないときには、前の段階に戻り、やり残しを納得がいくまで体感する。
<世代間伝達を越えて>
このようにして世代間伝達が体感され、それに逃げずに向き合うことが必要。十分に体感されると、ある意味で安心し、より本質的なものに向かう。より深く納得したい欲求が出る。そして、殺意は母親を越える。母親はもはや問題ではなくなる。世代間伝達を越えた段階といえる。対象は自分自身や世の中全体、宇宙全体となる。やがて、対象さえなくなる。死そのものを扱う。死が忌み嫌われるものではなくなる。そうするうちに死と生が仲良くなる。死と生を峻別することは魅力がなくなる。生死を越えるようになる。
<行きつ戻りつ>
これらの段階は人によっては前後することもある。並行して進むこともある。何度も行きつ戻りつして前進する。避けずに全ての段階を通ることで力が付く。

 

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112 勇気をもって体験し冷静に振り返る

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ブログで精神分析のいろいろな説を紹介させていただくけれど、初めから、そのような他人の説に従うのは、本当はよくない。頭で考えてしまい感覚を迷わせる。予断は進みを悪くする。
体験した後で自分で確認することは有効。整理され進みを良くする。(例えば)ベビーブレスで、「ああそうだったのか」と納得し大きく気づくことがあり、それで自分が解放される感覚を味わい人生が変わった体験をしたときは、その後になって、それは抑圧(フロイト)というものが外れたということなのかと、自分なりに確認すればいい。
母には感謝していると思っていたのに、セッションを受けるうちに母への怒りが激流のように押し寄せ、そして静かな気分になって、長年苦しんでいたものが楽になる体験をしたときには、いい母だけではなくわるい母(クライン)を認めるのは大切だと確認すればいい。
セッションで深く自分の中に入ったとき、思いもかけずお腹の中の記憶のようなものが出て、無制限の殺意があふれ出て、生まれて初めてのような開放を体験したときには、落ち着いた後で、これが未生怨(小此木啓吾、古沢平作)というものなのだろうかと思えるのであれば、胎児期に何があったのか肉親に情報を得て確認すればいい。
勇気をもって体験し、その後、必要であれば他人の説をお借りして、冷静に振り返る。

 

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111 すばらしいこと

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いい母親と悪い母親の両方をそれぞれ体感し、両方を受け入れる事は、すばらしいこと。人を支配してしまう重い二元論から脱すること。とらわれずに、そのままの世界を見る目を持てるようになること。体感は言葉を超える。ブログは言葉。

 

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110 探しても見つからない(?)「いい母親」(コンラット・ローレンツの実験)2/2

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探しても見つからない(?)「いい母親」    2/2

目の前にいる愚かな母親の中に「いい母親」を探すことは、無駄なことのように思える。

その無駄なことの中に何とか活路を見出し、妥協し、再び偽善の努力の中に戻ろうというようなことではない。
そうでは無い。そんな偽善は「いい母親」を探すということの意味を、見失っている。わなに落ちている。「いい母親」と言うのは、私たちが幼かった頃に<感じた>母親である。幼かった私たちは、無力であり、純真であり、どんな母親にでも、けなげに付いていく。その母親の庇護のもと、はじめて生きることができる。幼い子供の目に映る母親には、命を助けてくれる「いい母親」が存在する。主観的なものである。実際に「いい」ことが証明されうるというような客観的なものではない。

カルガモの[刷り込み]の実験(コンラット・ローレンツの実験)では、生まれたてのカルガモのひなが、初めて見た動くものを、母鳥と思い込む。例えば、風船やおもちゃの汽車を母鳥と思い込み、懸命に付いていく。その懸命さは、けなげで、本物の母親を慕うようで、見ているこちらの胸が痛くなる。主観的には風船は「いい母親」なのだ。すばやく盲目的に付いていくことで肉食獣から命を奪われる確率が減る。命そのもの。客観的には、風船は、ただのゴム膜と空気であり、いい母親などではありえない。そもそも母親でさえありえない。しかし、そのような客観性のことではない。

「いい母親」と言うのは主観的なもの。幼い子供の主観。思い出すために、表を通りがかりの若い人が押す乳母車の中の赤ちゃんの目を、覗き込んでほしい。「いい母親」は、私たち幼い子供が、汚れないまごころでつかんだもの。傷つく心をかえりみず懸命に受け入れたもの。天使のような純真さで手に入れたもの。現実の外の世界に存在する、できの悪い母親、悪意の母親の存在では否定されないもの。「いい母親」は幼い私たちの心の中に厳然として存在していた。今も心の中に存在する。私たち自身の命のようなもの。かけがえのないもの。

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109 探しても見つからない(?)「いい母親」1/2

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探しても見つからない(?)「いい母親」1/2
健康な人は、自分の母親の中には、本当には自分を愛してくれなかった憎い母親(わるい母親)と、できる範囲で生いっぱい自分を育ててくれた大恩のある母親(いい母親)と、二つの面があることを実感できる。実感する際に生じる苦痛(不安)も受け入れる。いわば母親を立体視できる。現実の母親を観ることができる。そうして他人や世の中を立体視でき、世の中の現実を観ることができる。苦痛の受け入れが、深みのある人を造る。

しかし愛されずに傷ついてきた私たちは、そのように実感することはできない。どちらか一面を強調して見る。「母親はいい人でした。他には別にありません。」または「母親はわるい人でした。それ以上考えたくありません」と。「いい母親」が、実は自分(私)の妊娠を望んではいなかったというようなことには耐えられない。または、「わるい母親」を、幼かった自分が心から慕っていたというようなことには耐えられない。そのように「一面」的になることで、立体視を捨て、辛い人生を何とかやり過ごそうとする。しかし、その「一面」的になることで、より大きな代償を払う。苦しむ。すべてが分割されたまま。人生に不全感が付きまとう。場合によっては分裂(統合失調)的になる。一生抜け出せない。

「一面」的から脱し立体視を手に入れる努力をあえてすることは、とても有効。例えば「わるい母親」だけで「一面」的になっている場合。「いい母親」を探してみる。もちろん簡単ではない。
目の前の母親は、老いて、閉じて、人間的魅力も皆無となった人。自分(私)へはついに真の愛情をくれなかった人。自分(私)を置いて一人ぼっちにしたまま、この世を去ろうとしている人。何もわからないまま頑固なまま逝こうとする人。もはや手の届かない愚かさの彼方に消えようとする人。その人の中に「いい母親」など、とても探しようがない。探そうとしても路頭に迷う。無駄なことのように思える。
続く

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107 似ていて非なる気持ち

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セラピーの中で、隠れていたものが現れる。実は自分が、幼い時に母親から愛情をもらっていないことに、大きく気がつく。そのとき、悲しく落ち込んだ気持ちになる。その落ち込んだ気持ちには、2種類ある。似ていて非なる気持ち。
(1)「いやだー!」と思う。がっかりする。被害者的な気持ちにななる。何とか外へ逃げ出そうとする。
(2)「これが自分を苦しめていたものか!」というように種明かしをつかんだ気持ちになる。もっと深く内側へ体験しようと思う。
これら(1)(2)は相反する気持ち。大きな分かれ道。あっちとこっち。あっちへ行って、それから、こっちへ戻ってくる人もいる。同じ人に2つの気持ちが同時にあることもある。迷う。

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105 ただならぬ深さを持つ悲しさ

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いい母親と悪い母親の二つが本当は一つであることには耐えられない。そして私たちは苦しみ「ぐちゃぐちゃ」(林)になる。二つが本当は一つと認識したくないので、そもそも、ものごとを統合できない分裂になる。二つが本当は一つという現実を認識したくないので、そもそも現実を逃れて妄想を起こす。二つのうち一つだけを採用して”元気”になり躁となる。いろいろなことが起きる。この「ぐちゃぐちゃ」の状況(妄想分裂ポジション(メラニークライン))は本来は未成長の赤ちゃんのもの。しかし大人の私たちの中にもある。私たちの中の未成長の赤ちゃんの名残。
機が熟して、この二つが一つであることがセッションの中で劇的に体感されるとき、その場には神聖な雰囲気さえ漂う。
劇的にではなく、二つが一つであることが徐々に体感されるときには、特徴的な出来事が起きる。深い深い静かな悲しみ(抑うつポジション(メラニークライン))。この悲しみが起きると居合わせた周囲のみんなが沈黙する。ただならぬ深さを持つ悲しさが周囲を支配し身じろぎも許さない。本人がこの悲しみに耐え、悲しみがなぜ起きているのかを観ることで、着実な成長が起きる。まるで透明な神様がその人の手をとって静々と導くように見える。

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104 「いい母親」を殺す。「大嫌いな母親」を抱きしめる。

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私たちの心の中で、母親のイメージには大きく分けて二つの方向がある。肯定と否定。例。一つ「母親はいい人でした。以上です」。もう一つ「母親は大嫌いでした。関わり合いたくありません」。愛憎のアンビバレンツ(両価性)のうち、一方だけが強調され、他方は捨て去られる。一つはいい母親。もう一つは悪い母親。そして二つが混じらないようにする。いい人の母親が、本当には自分に愛情を持っていなかったというようなことには耐えられないから。大嫌いな母親のはずなのに、逆に(どうしようもない現実の母親ではなく心の母親にではあるが)本当は今でも心から愛情を求めていることには耐えられないから。しかし残念なことに、このやり方はうまくいかない。捨て去られた他方が、知らないうちに裏口のドアから入ってきて、私たちを苦しめる。一生苦しむことになる。アコールでセッションを受け、抜けていく人たちは、この苦しみのカラクリを自力で見抜く。セッションのピークでは「いい母親」を殴り引き裂いて殺す。「大嫌いな母親」を慟哭しながら抱きしめる。人の根源的なエネルギーが沸き起こる。苦しみから抜けていく。成長する。

実は、このエネルギーは赤ちゃん時代のものらしい。メラニークラインによれば、おさない赤ちゃんは、もともと、ものごとを部分的に認識することしかできない。本来は一人の自分の母親を、はじめは、いい母親と悪い母親というふうに別々に認識する(「お乳をくれる良いおっぱいとお乳をくれない悪いおっぱい」)。しかし、健全な状況にある健康な赤ちゃんであれば、その部分的認識の状況はやがて克服される。いい母親と悪い母親の二つが本当は一つであると理解する(0歳から1歳の頃のできごとといわれる)。そして健康に成長していく。しかし「悪い母親」があまりにもひどかったり、赤ちゃんの感受性が高くて敏感なときには、本当は一つであることにはとても耐えられない。別々の認識状態にとどまる。ものごとを統合する力に欠けることになる。健康な成長が妨げられる。ひどいときには分裂(統合失調)になる。このメラニークラインの説は、特殊ではなく、クライン学派(英国では中心的な精神分析学派)として世界的に認められ受け継がれている。

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103 最大の鍵、最大の難関

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自分自身の母親との関係(母子2者関係)を見抜くのは大変難しい。フロイトでさえ難しかった。母親への愛着と殺意(愛憎のアンビバレント)の背後には、自分自身が生きるか死ぬか(生死のアンビバレント)が控えているから。だからこそ最大の鍵、最大の難関。宇宙船の中であろうとどこであろうと、逃げずに体感する人は、手に入れる。

 

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99 木田恵子

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日本に精神分析を導入した古沢平作の愛弟子で、精神分析家(故人)。弟(おとうと)弟子に精神分析学者の小此木啓吾(故人)。彼女が行っていた分析的カウンセリングの中で、母に対する産まれる前からの殺意(未生怨)を出してみせるクライアントは珍しくないと述べていた。また、ご自身の息子さんの死は、自身が与えた小さい頃の心の傷が原因(固着点への退行が原因:著書でも言及)ではなかったか、ということであった。他人にも自分にも、歯に衣を着せぬ人だった。林や諸智も彼女のカウンセリングを受けた。アコールのブレスルームも見てもらったことがある。分かりやすい著書を何冊も出している。「0歳人、1歳人、2歳人」は諸智のお勧め。

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98 古沢平作の「阿闍世コンプレックス」

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日本に精神分析を導入した。フロイトと書簡のやり取りがあった。気難しいフロイトに珍しく「東洋の友」と親しく呼ばしめた。体内の自分の命を否定(堕胎など)しようとする母に対し、産まれる前から殺意(未生怨)をもつことがあり、これが究極の罪悪感を生む。命の大恩がある母親への殺意と罪悪感が相争い、根本的な葛藤となる。仏典に似たような話として「阿闍世(アジャセ)王」の物語があることから、阿闍世コンプレックスと名付けている。門下に、木田恵子や小此木啓吾(ともに故人)。

ベビーブレスでは胎児期と思われる記憶が蘇り未生怨や阿闍世コンプレックスの深みにまで到達するのは珍しいことではなく、むしろ普通である。

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94 メラニークライン

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フロイトは人の心を科学の土俵の上に載せた。彼の後には多くの優れた人が続いた。フロイトの業績は評価されすぎることはないほどに優れていると思われるが、それでも、完ぺきではありえない。彼は息子と父と母の3者関係の秘密を描いて見せたが、母子の2者関係は不十分であった。神経症は得意であったが分裂病はもう一つの感があった。後に続いたメラニークラインは、母子関係を研究した。より本質的な研究になった。分裂(統合失調)病の起源を早期の母子関係の中に発見した。アコールのセッションはメラニークラインに沿っている。彼女の説をお手本にしたのではない。独自の手法がいつも間にか、彼女と同じ場所へと導いた。

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93 フロイト

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人の心を解明する上でフロイトの功績は大きい。心には自分では普通には認識できない大きな領域(無意識)があり、その領域を認識することができれば心の病気(当時は主に神経症)を治せることを実践して見せた。なぜ認識できなくさせてしまうのかも、かなり解明されている。心をいわば科学的な土俵の上に載せることに成功した。科学的であるため、後に続く人は彼の功績の上に立って進むことができた。積み重ねができた。過去には作家や哲学者など、人の心に対する優れた洞察力を持つ人は大勢いたが、文学的であり、積み重ねがききにくい。いわば、その人一代限りである。そこが違った。

アコールのセッションも無意識に焦点を当てる。解明(分析)と認識が中心になる。会話(カウンセリングや自由連想法)だけではなく、ベビーブレスを行うので、進みが格段に速い。

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92 続おちんちんべー

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続おちんちんべー:孫の話その5(健忘)
以前、孫の話その3で、孫娘なーちゃんに、「おちんちんべー」と言われ反抗されてしまった私の話を愉快なこととして載せたが、実は、その続きがある。
何年か後になった最近のこと。その話を誰かから聞いた孫娘は、私にほんとに「言ったの?」と聞いたので、私は「言ったよ」と答えた。彼女は覚えていなかったのだ。
健忘である。何が起きたのか。彼女の持つ強烈な拒否つまり攻撃性が、「おちんちんべー」で実行され、彼女の大切なもの[頼りにしていたジイジ(私)ひいては心の母親]を殺してしまうという恐れを引き出し、実行してしまいたいという気持ちとの葛藤から罪悪感が強くなって耐えられず、「おちんちんべー」の場面をすっかり消し去ってしまったのだった。彼女の中では深刻な心の動きがあったのだ。愉快な話と言うだけではなかった。

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91 隠れた正気、本当の人格

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なかなかうまくいかないケースがある。ケースによって症状はいろいろである。症状に振り回されてはいけない。共通するのは、幼少期の記憶がほとんど思い出せないことである。そして思い出せないこと、そのことさえ隠されている。思い出すことを促しても、スルリするりと他のことに話題をすり替えられてしまう。
しかし、実はそのことこそが、その人の隠れた正気である。隠れた本当の人格である。絶対に思い出したくないことが、何であるかをよーーくわかっている。思い出したくない「そのこと」を微塵もあらわにしないように、神業的に巧妙に隠すことができる。全体を見渡すように理解しないとできない技である。その正気の人こそ、複数のバラバラの人格を統合できる能力を持った、鍵となる人格である。

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87 不思議ふしぎ

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長い間抑え込んでいた怒りや悲しみを、何とか表現することができるようになると、大きく前進する。しばらくは、前進の時期である。しかし、その後、停滞する場合がある。表現する心地よさのみが先に立ち、表現することだけが主体となってしまう。すると弊害が起きる。前進が止まる。いかりや悲しみのさらに下にあるものに対して、いつの間にか、避けるようになる。この回避を快く思わない人と、回避と仲良くなってしまう人と、二つのグループに分かれる。イヤーな気持ちなのか、イヤではないのか。同じ人間なのに。不思議、ふしぎ。

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86 自分自身で納得

 

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迷っていて、苦しくて、五里霧中(ごりむちゅう)の時には、誰かに助けてほしい、誰かの教えを乞いたい。しかし、教えは[自分ではない]人の言葉、人の理解、人の感覚です。そのため一時的なヒントにしかなりません。その段階が過ぎると、物足りなくなります。弊害も起きます。自分自身で納得したくなります。そのようにして、自分の感覚で進むようになります。はじめて自分を観ることができ、納得し、自分の変化も実感できるようになると、その作業に夢中になります。

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83 人への依存

2016-03-03 10.01.18

例えばカウンセラーへの依存は、長く続くと自分の成長のためには障害になります。
自分の成長が起きる前には、人からの愛情は必要でしょう。その愛情は、仮に本物ではないにしても、魅力的に感じられます。しかし、その状態が長く続くのは、これは依存です。このように人への依存があると、人から受ける評価の内容が重要になり、自分が成長しているふりをしなければならなくなります。裸の自分ではいられなくなります。気が付かないうちに自然とそうなってしまいます。
そのような状態に落ち込んでしまったら、依存の理由を探ればいい。依存には理由があるからです。自分には愛情が必要だ。仮に偽の愛情でさえ、喉が渇いて死にそうなときには泥水でも飲むように、求めてしまう。求める気持ちがあまりにも強いので、人からの肯定的な評価が欲しく、事実ではなくても自分が成長しているふりをする。自分にお化粧をしなければならない。そのことに強く気が付けばいい。
他人への依存から脱出するには、自分の判断や感覚を大事にすればいい。ほんの少しでも自分の成長が起きれば、微妙でも、独特の心地よい感覚があります。その独特の心地よさがもっと大きくなるように追求すればいいです。その追求によって何かが分かったとき、曇り空が晴れ渡るような心地がします。それを洞察と呼びます。本当の成長がやってきます。

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79 心の傷の深さ

Couleur / Pixabay

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心の傷の元は、その傷が深ければ深いほど、母親であることが分かってくる。分かったとき人は自分の心の傷の深さを、初めて理解する。傷の一番深くでは、生と死がいっしょにいる。その母親にも、傷の元となった母親がいる。そのようにして祖母、曽祖母へとさかのぼっていくことができる。自分の心の傷の深さに呆然とする。

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78 自立の芽

ユリちゃんは自立できない。大学を卒業しても就職できない。感情もない。

自分はおかしいと思い在学中にアコールに来た。段々わかってきた。

自分は母親に「殺された」。自立しよう、生きようとする力を与えられなかった。母親は、十分な愛情を与えることができなかったにもかかわらず、彼女自身の寂しさから、ユリちゃんを囲い、離さず、自立させなかった。

自分は自立できないようになってしまった。自立できなくなった自分は母親の下でしか生きていけない。それどころか心の中では母親の下に居ることを望む。一時は母親をなんとか変えようとしていた。と同時に自分でも、自力で自立しようと焦った。しかし心の中は、自分でもなかなかうまくいかない。この状態が相互依存とか、相互癒着とかと言われる。外から投げ込むような冷たい言葉。

今、変化が起きてきた。母親は自分が自立したら寂しくて生きていけない。そのことがわかる。母親の寂しさがわかる。母親はかわいそうと初めて泣いた。事実を観て、感情が出た。

本質を観ぬいた心からの感情。自分を取り戻す大きな一歩。

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77 母親の意向に沿う

2016-01-28 11.43.44

母親へのアンビバレンツに私たちは手こずる。人生そのものの困難さ。子供であった私たちは、母親へのアンビバレンツを心に持ちながらも、生きるためには母親の意向に沿おうとする。自分を支えてくれる根本的な愛情を維持するため。生きるため。そのことを観抜くことができれば、大きな手掛かり。

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76 「何が」?

2016-02-09 10.58.12

「何が」?
与えられなかったことが分かるということは、やがて「何が」与えられなかったかを知ること。自分の中に不足があることが分かる人は幸運。遠からず「何が」不足かを知る。楽ではない。平坦ではない。セッションは全てそこに焦点を当てる。知る前には理解できない。知って初めて理解できる。知る女性は強い。努力する必要がない。

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73 甘えは起きてくる

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甘えは重要である。自分が本当に甘えられなければ、子供の甘えを許せない。子供を本当に愛することはできない。

しかし自分が甘えることは難しい。セッションで甘えるしぐさ試みたり、ハグしたりすることさえ勇気がいる。勇気を出して「形」を演じる。物足りない。本当のことが簡単に手に入るものではない。甘えられない人は、小さい頃、甘えようとして拒否された辛い思い出がある。今更、甘えようとする事は、再び辛い拒否を受ける恐怖がある。そんなことは二度とできないことかもしれない。

甘えは自分を丸裸にすること。無防備にすること。相手に委ねること。心の中を許すこと。深くリラックスすること。やろうと思ってすぐにできることではない。自分の傷を深く見たときに、はじめて奥にある甘えを許すことができる。そうして初めて、甘えは自動的に起きてくる。甘えるのに努力が要らなくなる。

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