赤ん坊(私)は「荷物じゃない人間なんだ」|セラピーの現場から(648)

○私が胎児のとき母親が重い荷物を不用意に持って、予定よりもはるか前に、破水してしまった。助産院では手に生えない状態になり、病院に入った。もう助からないだろうと思われていた節がある。そうして生まれてすぐ保育器に入り50日近く一人ぼっちにされた。その傷をようやく直視することをはじめた。でもなかなか乗り越えきれなくている。乗り越えられるのかどうか自信がない。不安だ。
○セッションを始めたきっかけが、産後鬱(うつ)だった時のことを思い出す。自分を見たくて始めたというより、鬱々しているのを取りたくて(排除したくて)いたんだな、と思う。その後もセッションを続けようとすると、胸が苦しい妄想が湧いてきたり、風邪をひいたり、遅刻したり、身体に色々な反応が出た。続けるのが嫌なんだなと思ってきた。それだけ怖がっているんだなと分かってきた。そういえば、私の中学生の息子が学校に遅刻するのと似ているのかもしれない。
○今の自分の状況を絵に描いてみた。描かけたのは黒い小さな「点」。悲しみ、絶望、の涙を流している「点」の私。存在が薄い私、消えそう。その点を、消えそうな私を、拡大して描いて見た。体育座りしている私。背中や胸にたくさんの矢や槍のようなものが刺さっている。抜けない。身体中刺さっている。横たわってどす黒い血を吐いている。生きるエネルギーがない保育器の中にいる自分だ。
○この絵をイメージしてセッションを行った。絵は傷ついた恐怖の絵だと思った。横たわった時に湧いてきた感情は怒り。保育器に長い間入れられ見舞いにも来てもらえなかった。赤ん坊は「荷物じゃない人間なんだ」と。怒りの後は悔しいが出てきた。傷を直視しようとするには覚悟がいる。覚悟すること自体が怖い。怖い怖いと泣いていた。時々絵を思い出すと恐怖が引き締まる。怖い怖いと泣いていた。
○実は、もっと怖い事実がその先にあるのではないか。そもそも胎児期から自分の命は軽んじられていたのではないかという漠然とした恐怖がある。その恐怖を思う時、1歩も足が前へ進まなくなってしまうのではないか。
○その後の瞑想では、無の中に時々いられて、じわじわ、良かったなと思う。いつも泣けないのに、今回、泣けてよかった。
○セッションの後、自分という入れ物の中に自分が入っているのが少し感じられた。

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