「何で認めてくれない見てくれない」「周りから褒めて欲しい」|喝采で麻痺|セラピーの現場(617)

<他者評価から自己評価へ>
母からの愛情が足りなかった欠乏感を埋めるためか、いつも周囲からの評価を求め、他者から褒められることで自分を奮い立たせていたが、それは苦しかった。今、初めて、自分で自分自身を認めることができるようになり、今までになかった充実感を味わっている。

<子供の頃から喝采で麻痺>
思えば、子供の頃から、ガキ大将で気持ち良かった。周りから認めれるので満たされる。「付いてこい」とやると付いてくる。喝采される。喝采で麻痺する。小学校で朝礼の朝礼台に乗って、学校行事のことを話す役、児童会の書記だった。マイクを握って話す気持ち良さ。弟たちの「お兄ちゃんだ」と聞こえてくる。全部こいつら子分だと。
<精神的な弱さの稀勢の里に共感>
相撲取りの稀勢の里のことを、横綱になったあたりから、好きになった。相撲は見なかったのに大好きになった。怪我しながら逆転優勝もした。「プレッシャーでいざという時に勝てない精神的な弱さがある」と稀勢の里が自分自身で知っている。「稽古、稽古しかないとやってた」とインタビューで言っていた。
彼の相撲の事を見ていて、他者評価を求めなければならない自分自身の精神的な弱さ、そして自分の仕事を思った。似ているところがある。
自分は、ヤダ、とか拗ねたりしていても、仕事はルーチンワークとしてずっとし続けてきたなと思た。思ったら自分自身の自信になった。自分で納得できた。他者評価でなく思えた。「何で認めてくれない、見てくれない」という事で「周りからの褒めて欲しい」評価が先行していて苦しんでいた。そういう気持ちもまだあるが、「自分でやっている」と思えた。思えたらお客さんに喜んで貰うのが仕事だが、もっといろんな事をやりたくなった。僕の仕事は調理だから、どんなものを食べたいかと考えて、できるようになった。更に、自信を持ったら、「何をやってもいい、制限はない、自由だし裁量はあるし」と思ったら、どんどんできるようになった。お客さんからストレートに声が掛かる。昨日、「おとうしが美味しい、娯しみにきているだよ」と言われた。毎日考えているし面倒臭いけど考えてやる。

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