赤ちゃんの泣き声が怖いという謎|ボタンを押され保育器ごと焼却炉へ|セラピーの現場から(601)

<保育器の経験から我慢と遠慮>
誕生後すぐに保育器に入れられた。両親が仕事で忙しく、私を病院に預かってもらう必要があったという事情が大きく影響している。心の傷になっている。人生のスタートから一人ぼっちで保育器の中で我慢して過ごすしかなかった。今も、人生に対する我慢や遠慮が根強くある。
<ボタンを押され保育器ごと焼却炉へ>
セッションで、あるイメージが出た。保育器の中にいる自分を、高いところから両親が眺めており様子を見てボタンを押すと、保育器が自分ごとレールの上を滑り下って焼却炉の中に放り込まれる、というイメージだ。両親の意図で、抵抗する間もなく殺されてしまうという意味だ。
<赤ちゃんの泣き声が怖いという謎>
赤ちゃんの泣き声が怖い。なぜだかわからないけれども怖い。職場などで、他の人の赤ちゃんが火が付くように泣いていると、聞いているのに堪えられない。その赤ちゃんのように、自分が我慢を外して本気を出したら、ボタンを押されて殺されてしまう。背後には、どうしようもない遠慮と我慢の人生がある。本当は、その赤ちゃんのように泣いてみたいという自分もいるのかもしれない。
<死をも我慢しようとする>
セッションで死をやったが、今考えるとあっさりと死んだ。あっさりできた。保育器から火葬場まで熱いのも我慢して我慢して死ぬ。絶命するまで我慢できるのかと思ってしまう。でも実は、恐怖とか飛ばして死んだんだと思う。怖いところにいられない。すぐに死ねたのはその方が楽だからかもしれない。
でも後日、別のセッションで死をやったら、息もハアハアしてなかなか死ねない。往生際が悪い。かなり怖かった。
<どうしたら我慢しなくて済むのか>
セッションではどうしても我慢してしまう。立ち向ってしまう。降参できない。力を抜いて見たりするが、呼吸ができなくなるのではないかとビビりまくっていた。言葉も出ない。
<解放の仕方が分からない>
自分を解放するその解放の仕方がわからない。我慢は保育器から来ていることはわかっている。何かあると踏ん張って抵抗していた。我慢や抵抗ができないと、どうしようもない。
<クネクネと「やりたくねえ」「ヤダヤダ」>
セッションで、幼い子供が駄々をこねるようにクネクネと体を動かすと、少しは自分を解放できる気がする。でもクネクネしながらも脚を踏ん張っていた。そこで、踏ん張らないようにしてみた。そうしたらナマケモノのようなイメージになった。何も「やりたくねえ」「ヤダヤダ」とやって見た。自然とそうなった。気持ちよかった。でも本当の解放はこんなもんじゃないとも思う。

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